■ 7 ■
この場合、俺がなすべきことって何だろう。
黒崎は言い終わると完全に俯いてしまって頭のてっぺんしか見えない。
つむじを中心に毛並みよくふさふさしているのが触りたくなって
気がついたら黒崎の頭をポフポフとやっていた。
指の間を癖のない髪がサワサワとくすぐる感触が楽しい。
髪の根元まで橙で本当に染めてない。
生まれてくるときに何色か置いてきて染め忘れてきたんだろう。
だから今、
余計な色がない分余計なモンに染まりやすいのかも知れない。
頭の上に置かれた俺の手をどういう意味にとったのかはわからないが
黒崎は
『せんせ…』
と言いながら顔を上げた。
その顔を今朱く染めているのは恥ずかしさなんだろうか。それとも…
『どこ?』
意地悪な問いだとは思ったが、
さっきの黒崎のひとことは俺の聞き間違いという可能性もあるので、
確認のためのさぐりというか、とりあえずボケで流せる無難な返事をしてみた。
これで黒崎が「は?」みたいな顔すれば
さっきの『つけてくれ』は俺の都合良すぎる聞き間違いだから、
そのまま何でもない風にしてこれから飯を食う店をどこにするかの質問をし直せばいい。
しかし黒崎は少し伏目になって
『先生のすきなとこで…』
と囁く。やはりこれは…さっきのは聞き間違いじゃなくて。
ドアだ!
まずドアの鍵閉めなきゃいかんだろう。
いやカーテンだ!
いやまて、
ここでするのはヤバいだろ。
飯食ったあと連れ込めばいいじゃないかと
色んな考えが頭の中をぐるぐる回りだす。
理性と衝動が八卦よいと相撲をとっている。
その回りで打算とか世間体とかアブノーマルとか恋心とかがはやしたてている。
お祭り騒ぎだ。
しかし、ちょっと待てい。
遡って考えてみろ。
『つけて…もらえますか』だぞ。
しかも小さな声で。
やはり『連れて行って…もらえますか』を聞き間違えた可能性もないではない。
だって俺その前にどっか飯食いに行くかって聞いてんだもん。
俺 『飯食いに行くか』
黒崎『連れて行って…もらえますか?』
俺 『どこ?』
黒崎『先生のすきなとこで…』
うわぁ…。
立派に会話成立じゃねぇかエロ関係ない場所で!!
俺は…。
俺はこの先どうすればいいんだ?!
うわぁ手が。
手が黒崎の頭に載っかってるぞ。
飯食いにいく相談中(だったとして)、相手の髪なでくりまわすとか、
どんだけいちゃいちゃラブラブカップルなんだ。
いやラブラブカップルの何が悪い。
なりたいぞラブラブカップル。
なってるのかラブラブカップル。
俺たちどうなんだラブラブカップル。
で、
なんの話だったっけラブラブカップル?
考えてすぎて何がなんだかわからなくなってきた。
ていうか、ラブラブカップルなんて単語がどっから出てきたんだよもう。
オヤジか俺?
整理しようにもやたらカッ(プル)カカッ(プル)カと頭に血が上るしで落ち着いてものが考えられない。
とにかく、とりあえずはラブラブカップルよろしく黒崎の髪を撫でていた手を下ろす。
この柔かい感触も落ち着きの妨げとなっているかも知れない。
その手を、
その手をふいに掴まれた。
ぎょっとして手を引っこめそうになった。
掴むのはいいが掴まれ慣れていない。
掴んでいるのが黒崎の手だと確認して安心する。
ちょっと居心地的には落ち着かないが、、
肩から力を抜くようにしてそのままぎこちなく掴まれるに任せた。
黒崎は両手で俺の右手を掴む…というよりも包んでいる。
形のいい滑らかな指の間から対照的な節の目立つ脂気のないカサカサの指が覗いていて
一瞬それが自分の手じゃないように見えた。
だが丁寧に扱われているその手は俺の手だ。こういうのも悪くない。
というか、
嬉しかった。
黒崎は俯いて俺の手を大事そうに包みながら上目使いに俺を見る。
そこに媚びはなく、ただ真剣さが見えた。
これは確信していいのだろうか?
『せんせ』
と再び黒崎の唇が動いたのを俺は耳でも目でもなく指先で感じた。
俺の黒崎の両手にくるまれたままの俺の右手は指先で黒崎の口元をなぞる。
それが合図かのように
そのまま黒崎の片方の手は俺の腕を伝い上がってきて、捲ったシャツの袖口で止まった。
一瞬躊躇いが上目使いの瞳とその手に見えた気がしたが、
俺が動かずにいると意を決したように手が俺のシャツの袖をめくりあげた。
二の腕が晒されて俺がさっき(自分で)つけた痕が見える。
シャツをまくった手はそこを愛おしそうに撫でてきた。
ああああああもう限界だ。
さっきの黒崎の言葉は
『連れて行って云々』 ではなく
『つけてくれ』だったと断言していいんだな。
黒崎に任せているのとは反対の手で俺の痕を撫でていた黒崎の腕を取る。
掴むのは慣れている。こうやって欲しいものは手に入れてきた。
ぐいと引っ張ると黒崎は座っているソファーから腰を浮かせた。
だがテーブルに阻まれて、その身体がすんなり引き寄せられない。
もどかしくて脚でテーブルを横に押しやる。
テーブルの上の湯のみがガチャンと倒れた音がしたが構うもんか。
俺の座っているソファーと黒崎の座っているソファーの間は
モーゼが天に杖を翳したあの時(どの時?)のように道が出来た。
さぁ黒崎、
この道を来るがいい。
つーてもほんの一メートルくらいなんだけどな。
さらに引っ張ると黒崎は祝福と栄光のヴァージンロード(?)をつんのめりながら一歩ニ歩踏み出した。
俺はそんな黒崎を膝の上に迎え入れる。
今度は俺が黒崎を下から見上げる。
黒崎は俯いて視線を絡ませてきた。少し乱れた髪が頬にかかっている。
『せんせ』
みたび黒崎の唇が動く。
『いい度胸してやがんな。学校だぞ。あァ?』
笑い顔を作りながら保健室のお返しみたいに下から目線で覗きこむと、
黒崎は恥ずかしそうに
『先生だって』
と言いながらも歯を見せて笑った。
『どこにつけるって?』
『先生の好きなとこ』
『ンなこと言ったらありすぎて首筋どころで済むかよ。知らねーぞ明日クラスでバレても』
言いつつも、服でちゃんと隠れる場所を考える。
しかし服でちゃんと隠れる場所につけるということは、
つける際には服を脱がす、または捲るってことだよな。
俺の膝を跨ぐように載っかってる黒崎をソファーの上に引き上げる。
靴のままだが構わず背もたれに腰を下ろさせた。
そして俺は座ったままその膝を割って肩を入れる。
ちょうど黒崎の腰が目の前にある。
まだおろしたての硬さが残る白く眩しいシャツをズボンから引っ張り出して捲り上げる。
あとに残ったズボンはベルトをしたままだが
少しずらすとかわいくぽかんと口を開けて臍がこんにちはをしていた。
その臍周りのしなやかな腹筋を眺めつつその横に狙いを定めて指を這わせる。
薄い肉を通して出っ張った腰骨に触れた。
まずはここ。
『いいのか?』
場所は吟味したがやはりもう一度確認する。
『そこ…なんですか?』
黒崎は目を丸くしてぱちくりさせている。
多分黒崎は黒崎なりに別の場所を考えていたのかも知れない。
しかしここは想定外だったようだ。
『エロいだろが』
マニアックかも知れん。
しかしここを選んだ理由はちゃんとある。
この腰骨の出っ張ってる場所はよく色んな所に打ちつける。
自覚があって痛くてのたうつこともあれば、
自覚なしで風呂に入ってるときに青タンが出来てたのに初めて気付く場合もある。
出っ張っているせいかよくぶつける。
ようはここに痣が出来てたとしても打撲で誤魔化し易いってことだ。
『つけるぜ?いいな』
再度確認する。
黒崎にとっちゃこれは初体験だから慎重に。
「初体験」。
この俺が黒崎の白い肌に初めてシルシをつけるのか。
そう考えたら妙にジワッと興奮してきて、
黒崎が頷くより先にその腰をがっつり抱えこんで飢えた肉食獣みたいに舐りついてしまった。
『あひゃっ』
とたんに間延びした声が降ってきて黒崎の手が俺の頭を押さえる。
抱えた腰が引けているのがわかった。
逃げないようにがっちり抱えて続行したかったが『あひゃっ』にやや出端を挫かれた。
一旦口を離す。
『なんだよ?変な声だすなよ』
『だってせんせ…くすぐったい』
クスグッタイと感ジルは紙一重だが。
どうやら黒崎にはこの場所の奇抜さが仇になったようだ。
快感より好奇心が先にたっている。
慣れない体勢もプレイのひとつと捉えるまでには黒崎はこなれていないんだろう。
新鮮でいいかと思ったが、このままくすぐったがられてソファーの背もたれから倒れ落ちちまっちゃ危ない。
シルシを付けんだってことにだけ気を取られちまって慌てすぎちまったか。
背もたれに腰かけている黒崎を再び膝の上に下ろす。
また視線が絡む。
くすぐったさとイイ気持ちは紙一重だが、
その紙一枚を突破するにはそれなりの気分てもんが必要だろう。
『悪ぃな。テンパっちまった』
『先生でもテンパるときあるんですね』
黒崎が笑う。
いつもだがこの笑顔に全部赦されるような気がする。
『お前の前じゃいっつもテンパってるよ』
とくに今日は。
『俺も先生の前だといつもどきどきする』
頬にかかる髪が黒崎の顔を幼く見せている。
そんな顔してどきりとするような艶っぽい言葉を囀るからどうしていいか戸惑っちまうじゃねぇか。
『そっか?涼しい面してんじゃねぇかいつも』
俺よりずっと。
『必死なんです』
そうして黒崎は口元に笑みを残しながら瞼を下ろす。
それがひどくゆっくりに感じてスローモーション画像を見ているような気がした。
そしてそれがあまりにもゆっくりなんで
笑みを残した唇が俺の唇に降りてきたのに気づくのにもおそろしく時間がかかり、
状況をすっかり把握したときには黒崎の唇はまた元の高さにあった。
何もなかったかのように。
『…なるほど必死だな』
固まっちまったのを気取られないように
口の端をつり上げて絞り出した声が自分でもわかるくらい掠れていた。
必死なのはどっちだよ。
今日はお前に振り回されっぱなしだ。
俺こそ必死なのを隠すのに必死だ。
どこにもやりたくないし、
誰にも触らせたくない。
俺のもんだと宣言して俺しか知らないシルシをつけてしまっておきたい。
そんな気持ちを抑えこんで物分かりいい大人の面引っさげて教壇に立ち、
手を伸ばせば届く距離にいるお前を遠くで眩しく眺める。
毎日毎日毎日。
毎日毎日毎日だ。
『ごめんなさい』
なんでそこで謝るよ。
お前悪くねぇだろ。
お前は生徒で俺は教師、お前には彼氏がいて。
それわかってて手ェ出したのは俺だ。
『何で謝んだよ』
黒崎は頬を染めながら俯いている。
そこで我にかえる。
ああ、さっきのキスのこと謝ってるのか。
構わねえのに。
『気にすんなよ』
そうだ。お前は何も気にしなくていいんだよ。
俺が
勝手に考え過ぎて振り回されて
勝手に必死になって
勝手に疲弊しているだけなんだから。
こういうのを惚れた弱みって言うんだよ。
だからその分、二人で逢ってるときは、
お前は俺ひとりのもんだと酔わせてくれ。
それ以外はなにも考えたくない。
手をのばして黒崎の頬にかかる髪を梳き上げると、
良く慣れた猫のようにその手にその頬を預けてきた。
撫で下ろして親指を唇に滑らせる。
『さっきウバワレちまったから返して貰うぜ』
と言うとニコリと笑い
コクリと頷いた。
唇を重ねると黒崎の腕が絡みついて来る。
俺の膝に載っかっているから、
その腕はいつものしがみつくという感じではなく、優しく包み込んでくれてるような気がした。
今日は振り回されもしたが、ひどく癒やされもしてるなとふと思った。
ハエのようにあっち飛びこっち飛びしていた思考がようやく一箇所に止まる。
そして祈りにも似た仕草で女神(黒崎は男だが)に願うんだ。
唇を離したあとも、
俺は黒崎の腕の中に顔をうずめていた。
黒崎は『せんせ』と小さく声を出したが、
俺が動かずにいるとまるで小さなガキをあやすように背中やら頭やらをぽふぽふさすり出した。
普段ならこの俺にこんな状況は有り得ねぇ。
だが今はそれが心地よく感じる。
女神(も一度言うが黒崎は男だ)の腕に抱かれるってのはこういう気分なのか。
こういうのも悪くない。
というか、
嬉しかった。
シルシつけるのは後だ。
今はしばらくこのままで居させてくれ。
遠くでクラブか何かをやっている生徒の歓声が聞こえる。
だが今は俺とお前、お互いの息づかいだけを聞いていたい。
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