■05


耳の横でバシャリと水音がする。
そのあと背中に伝わる感触で黒崎の手が俺に回されたのがわかった。

浴槽の縁に黒崎を押し付けて息をするのももどかしく唇を合わせ続ける。

湯の中でさぐる黒崎の肌の感触がなんだかリアリティがない。

一瞬これは夢で本当は起きたらここじゃないあの606の部屋にまだ俺はいて
――そして虚しく誰も居ない傍らを探るんじゃないかと思った。

まさか。

だが唇を離して覗き込んだ目の前の黒崎は
濡れた髪のせいか湯気のせいか少しでも気を抜いたら一瞬で泡になって消えてしまいそうに儚げに見えた。
不安を消したくてこれがリアルだと確信したくて
「出るか」と聞くと頷くからそろそろと(消えてしまわないように注意して)一旦身体を離す。

そして黒崎が立ち上がるのを確認して手を引いてからしまった風呂からスタートしたのは失敗だなと思った。

なんといってもなんだか間抜けだ。
風呂場からベッドまでの短い距離とはいえ男二人が全裸で手つないでランランランだ…
しかもつつみかくさず申し上げますが二人とももうスタート切っちゃってるからすでにちょっぴり半勃ちなわけでそれでベッドまで歩くんだ。
何かで隠すのもこれまた間抜けさ倍増だ。
誰も見ちゃいないからマシだが考えようによっちゃかえって
誰かギャラリーがいたほうがなんだか爽やかにはればれと背筋をピキーンと伸ばして行進できるかも知れねぇ。

ああ確かに浴槽の中の黒崎は綺麗だったよ。
だけどこれからは一緒に風呂入ることはあってもスタートは出たあとにしようと俺はかたく決意した。
とにかく風呂場からベッドまでのうれし恥ずかし大移動は滞りなく終了した。
滞られても困るが。

間抜けさを払拭するように濡れたままの黒崎を押し倒して再び仕切り直しのように唇を合わせた。

やはり風呂場よりも溺れさせやしないかとかの心配がないからただむさぼることに没頭できる。
そして指を這わせる肌も…濡れてはいるが確かにここにあると実感できる。
夢じゃない。
そんな些細な実感が嬉しくて這わせる指先につい力が入り黒崎は少し顔をしかめた。

ドキリとして「悪い」と謝ると
黒崎は首を振ってから手を伸ばして俺にしがみつき耳元で「もっと…して…」と囁いた。
男二人居て身体を繋げようとしたらタチよかネコのほうが断然リスクは大きい。
わかってるから
「痛くさせんのやなんだよ」と言うと
「…痛くしてください」とかすれ声。

まさか?
「お前、そっち系か?」と聞くと
「多分…違うと思います」
「痛くしてなんてのはそっち系だろ?」

まずい。
それに対応できるだけの趣味人じゃねぇ。



てかそっち系なら今までやったのはかなり黒崎にはつまらない筈だ。
痛くてナンボの世界なんだろう。
Mてのは。

赤い髪のアイツはじゃあそっちの世界の趣味人なのか?
言われてみればなんかそれっぽい。
嫉妬というか対抗心が湧いたがさてどう対抗していいかが見当つかねぇ。

「俺も痛いのは嫌です。でも痛いの我慢するのは…」
よくわからん。
それがMってんじゃねぇのか。

「悪いな。その趣味は…」
「…少し乱暴にしてくれるだけでいいんですけど」
黒崎は恥ずかしそうに懇願する。
「縛るとかはいらないんだな?」
サドマゾといやぁそれしか思いつかねぇ。

あと鞭とか低温ロウソクとか木馬とか猿轡とか浣腸とかパチンコ玉とかアナル栓とか局部ピアスとかいう小学生レベルのささやかな知識しか。

「だからそういうのは嫌ですって」
そういうことか。
感受性の問題だ。

なるほどエロいなコイツは。
「だから少し乱暴にしてくれてそれで俺が痛そうにしててもいちいち気を遣わないでって意味で」
「わかった。ほかには?」

なんだか商談みたいになっている。
しかしこれはこんな風に話しあってたほうがいいかも知れねぇ。
相手が何が良くて何が嫌かとかわかっていればやりやすい。

お互いに相性を培う。
是れを開発と人は言ふなり。
誰も言ってないか。

「あと…」
黒崎は恥ずかしそうに俺から目線を外した。

「退かないでくれますか?」
「ンだよ?この際言っちまえ」
黒崎はつと腕を伸ばして枕元を探り
その下から取り出して「これ」と黒いそれを俺に差し出した。

「どこにあったんだよ」
「そこの…自販機」
黒崎が指差すほうを振り返ると部屋の隅の非常にわかりにくい場所に
扉部分がガラスになっている小型のコインロッカーみたいなのがあった。自販機だ。
欲しいものの入ってる箱のドアに投入口があって金を入れたらドアが開いて中が取り出せる仕掛けの。
うかつだった。
『俺ん家』だというのに。

「買ったのか」
パンフ見てたもんなぁ。
ガン見で。
「はい。先生が風呂場見てる間に」
ちらつかされて禁止は嫌いだったな。
自分でやってみて納得しないとひき下がらない。

「入れたことあんのか?」
「ないです」
「貸してみな」
受け取ってスイッチを入れる。
全体に振動する。
かきまわす系があってそれは初心者にはきつい(筈だ)がこれならまぁ…
「きつくなったら言えよ」
黒崎は恥ずかしそうに頷いた。
さっきの妄想が現実になるんだなぁとちょっとしみじみした。

「…先生はなんか俺にリクエストとか有りますか?」
「有るな」
ずばり裸エプ…って違うだろが。
「何ですか?」
黒崎の身体を引き寄せる。
喉まで出かかってやめた。
「やっぱり無い」
黒崎は目を丸くしてパチクリさせる。

言えるか。

アイツと別れろなんか。



改めて挨拶のように唇を合わせる。
黒崎はどうすれば一番しっくり馴染むのか探るみたいに何度も角度をかえてせがんでくる。

気がついたが黒崎は唇を合わせてる間は息を完全に止める。
そして離れた瞬間に呼吸を慌ててするのでだからすぐに息が上がってるように見える。
ずばりへたくそだ。
だがそんなぎこちないキスが可愛い。
男には相当慣らされてる筈なのにへたくそなキスといつまでたっても殆どマグロな状態から進級しない。
で多分俺はそういうとこも好きなんだろう。

唇を這わせて胸の尖りに到達すると人の頭を抱えこむ。
密着度が上がってすでに全開の下半身の様子も感触で分かる。
尖りを吸いあげるたびに硬さを上げていく先が湿っているのは風呂で濡れたのがそのままなのか昂ぶってるせいなのか。
密着する身体の間に腕を潜りこませて掴むと完全に出来上がっていた。
抱えこむ腕から身体をずらせて脱け出し脚を持ち上げて広げさせた。
M字開脚の真ん中で完成してるそれの根元を
少しきついかなというくらいの力で掴みあげて引っ張りあげると耐えられないといわんばかりに悲鳴をあげる。

「…やだ。先生…イッちゃう…」
「始めたばっかだろが。まだイクなよ。イクってんなら根元縛んぞ」
そんな趣味はないが。
乱暴に扱えのご要望だからな。
あれ?縛るのはナシか。まぁいいや。もともと縛るつもりはない。

しごきあげると黒崎の先端はぷくりと滴を湧きたたせる。
繰り返し繰り返しいじめるとついに滴はだらだらと溢れだした。

「先生…もう…」
「今イッたら勿体無いぜ。アレ入れんだろが」
だらだらと溢れる滴は俺の指先も濡らす。
しごく手を交代し濡れた指先で後ろの蕾をつついた。
「ここによ」
黒崎はチラリと俺を見る。
その薄くあけられた茶色い瞳が期待に染まってる。
「イクなら入れてからにしな」
濡れた指先をツプリと沈ませる。
びくりと反応したがこれは痛みのせいじゃない。
慣れさせてほぐす。
その間にも黒崎の先端は期待に震えうれし涙をだらだらだらだら。

まったくエロい天使だ。
もっとエロくしてやるぜ。

身体をよじる黒崎の横に転がっている黒いそれを手にする。
これもまたひとの欲望(ゆめ)の結晶だろう。
苦笑して持ち直し黒崎のそこにあてがう。
「入れんぞ」
黒崎が頷くのも待たずに捻じ込む。

抵抗があったようななかったような。
自分のものなら分かるんだがこれは勘だ。
いきなり「長年の経験と勘」という老舗なキャッチフレーズが頭をよぎった。
職人かよ。
こんなものにも経験と勘の出番が…あるのかも知れねぇ。
黒崎は苦しそうに身体をくねらせて眉をしかめる。
嗚咽のような声。
多分今までならここで俺は抜くだろう。だが続行する。

きっちり根元まで入れてから改めて黒崎を見ると歯を食いしばって震えている。
さすがに「痛いか」と声をかけてしまった。
すぐに首を振ってきた。
それがなんだかいやいやをしてる風にも見えたから続けて
「止めてもいいぞ」と顔を覗き込むといきなりしがみついてきた。
このリアクションはどう判断していいのかわからねぇ。

「…入れて」
「入ってるよ…全部。わかんねぇか?」
持ち手の部分を持って動かしてやるとしがみつく手に力が入る。
「違う…あの…」

ああ。スイッチか。

なんかドキドキした。

いまでさえこんな状態なのにこの上スイッチなんか入れた日には
黒崎おかしくなるんじゃないかと不安になったがあの妄想が三たびよぎった。
三度目にもなると初回よりも状況が格段に進化していてこれ以上はお見せできません状態だ。
よし。
実際どこまでエロくなるのか見てやるぜ。
生唾が出るのを感じながらスイッチを入れた。

途端電気に打たれたように黒崎の身体がしなる。
上半身をよじらせてシーツを掴む。
喉が痛くなるんじゃないかと心配になるような実に文字で表記できない微妙な濁音まじりの「あ」が続けざまに黒崎の口から漏れている。
完全に俺の妄想を凌駕するエロさだった。
16歳の白い身体がが黒黒としたものをくわえこんで悶えてるのはエロいと言うよりも淫靡な気がした。
いやらしすぎてかえって冗談にも見える。
一瞬なんでモザイクがかかってないのかと不思議に思った程だ。



「…せんせ…」
憂悶の戯画の中から天使が呼ぶ。
一瞬呼ばれたのにも気がつかなかった。
俺は呆けていたんだと思う。
我に返って茶色い瞳を見る。
黒崎は辛そうな顔をこちらに向けてなにか言いげだ。
「イクか?」と聞くと首を振った。
「頑張るな」と言ってやると黒崎は目を閉じて大きく息を吸い、そして口も固くしめる。
喉が動いて唾を飲み込んだのがわかった。
それからはあっと息を吐きまた吸ってから目をあけて俺を見て囁いた。
「先生きて」

ずるりと天使を蹂躙していた悪魔を抜く。
黒光りするソイツはまだ食い足りないと言わんばかりに武者震いを続けている。
悪ぃな。お前の出番はここまでだ。
スイッチを切って放り出し身体を投げ出してまだ息も整わない黒崎の身体を引き寄せる。

さっきまでくわえ込んでいたそこに指を滑り込ませるとひくついてぬるついている。
なんで女みたいに濡れてんだ?
怪我でもさせたかと一旦抜いて指先を確かめたが
ただ透明にてらてら光るだけで怪我をさせた訳ではないようだった。
だとしたら。
男でも濡れるという話はなんかの映画のパンフに実際の経験として載ってはいたが
いわば『プロ』の世界の話だろうと思っていた。
そもそも『入れる』場所じゃねぇからだから先走りの汁だのローションだの使ってことに臨むわけだが
今の黒崎のそこはそんなもん必要ない。
指を入れ直して動かしているとぬるぬるは量を増す。
黒崎のもはや表情も作れないくらいにとろけた顔をみて確信した。
なんか臨界点を越えちゃったんだろうな。女の潮吹きみたいなもんだ。
いつもより痛くしたこととか
露払い(?)にドエラいもん突っ込んだこととか…ただぶるぶるするしか芸のない機械ごときにお鉢を奪われてんのがムカつくが
そのお陰で黒崎は多分今すんごいトコまで行っちゃってんだろう。
先生も嬉しいぜ。
お前がここまでイケるなんてなぁ。

ていうか俺がかなり置きっぱなんですけど…。
まぁいいや。ここから、ここから。
 
心も身体も波打っている黒崎を改めて引き寄せる。
黒崎のものはまだ硬度を保ったまま脈打って後ろの口はまだひくついて早くここを満たせと涎を滴らせる。

黒崎はうっとりしたような視線を俺に寄越しそして躊躇いがちにおずおずと俺自身に手を伸ばしてきた。
ぎこちない手つきで撫でてくる。
ちょっとどうするつもりか見てやろうとこちらからのサジェスチョンは与えずにおくと顔を赤くしながらも握りはじめる。
柔らかい感触。
そしてその手を動かしてきた。

しっかしへたくそだ。

同じ男なんだからどこがどうイイかなんてのは分かるもんだろうと思うが
とにかく手を動かすだけで精一杯みたいでツボだのポイントだのまったく無視だ。
だがその羞じらう必死な顔がそそる。
俺から何もしなくなったのが不安なのか不満なのか
手を動かしながらもちらちらとこちらの顔ばかりを上目使いに伺う。

意地の悪い言い方だとは思ったが
「どうすんだ?入れるのか?」ととぼけ気味に聞くと泣きそうな表情になって頷いた。

「上?下?」と聞くと少しきょとんとした顔になったが通じたらしく
「下」と答えたから俺は起き上がって黒崎の身体をベッドに押し付ける。
膝を割らせて抱えあげ位置を確かめるように指をあてがう。
まだしっかりと濡れているそこはピクピクと指に反応していつでも来てと訴える。
黒崎は仰向けのまま俺に切なげな視線を注いでくる。
濡れていた髪は半分ほど乾いて艶っぽさは消えたがかわりにあどけなさが顔を覗かす。
16歳なんだなぁと改めて思い、
ああ淫行だなとふっと思ったがむろん罪悪感は湧かずただ淫行と言う言葉に妙に興奮した。

ゆっくりと黒崎の中に入る。
濡れているそこは抵抗なくというよりかはなんだか招き入れるみたいに俺を受け入れる。
待ってましたと言わんばかりに吸い付いてくるそのいつもとは違う歓迎に頭の芯がクラクラした。
やばい。
ソッコーいっちまいそうだ。
黒崎はその感触を味わうように目を瞑り俺の動きにピタリとシンクロしてくる。
いつも尋ねる「痛くないか」はもう愚問で代わりに「いいか」と聞いてみるとたまらない顔で頷く。
そして俺の首に手を回して耳元で
「せんせいだいすき」と囁くから俺は初めて赤い髪のアイツに勝ったと思った。

この瞬間があるなら間男だろうがなんだろうが構わない。
身体だけ?上等だ。
身体がないと俺らは居ないのと同じだ。
心なんてのもまず見て触れて感じるこの身体がなけりゃ置きどころもない。
触れ合う身体があってこそ心はお互いの間に生まれるんだと思う。

「先生のそこ…あったかい」と精一杯感じてるのを説明しようとしてくれるのが可愛らしい。
イイだのイクだのはさんざん言われたことはある(失礼。昔の話だ)が温度で説明されたのは初めてだ。
「そうか。お前も熱いな」
黒崎は目を瞑って「先生のが入ってるからそこから」
ああ、そういう風に感じてるんだな。
この「熱」は機械には作れないだろう。
機械とは違うんだと教えこむようにあえてゆっくり動かす。
ゆっくりだがそれでも少しづつ高みに向かって漏れる声が途切れ途切れから続けざまに
そして愉悦の哭き声にかわる。
自分の声にも煽られているのかも知れない。

「先生、いきそ…ぅ」
そういえば黒崎は悶えまくったがまだイッてはいない。
「イキな」と答えると「先生と…一緒に…」とかすれ声。
「もしかして我慢してくれてたのか?」
と聞くと花が咲くような誇らしげな笑顔で頷いた。
「んじゃ急がねえとな」と素のふりをしたが本気で嬉しかった。

被さっていた上体を起こす。
黒崎のまだイッてないものはもうだらだらとは垂らしていないが先が光っている。
手を伸ばそうとして黒崎の手にぶつかった。
「すまん」と言うとはっとした顔をしてばっと手をすっこめる。
見る見る恥ずかしそうに顔を赤くしたのでおおよそ察しがついた。
自分で擦るつもりだったのかも知れねぇ。

さっきのへたくそなご奉仕が思い出された。
あれではいつまでタッてもイケないだろう。
自分のならまた違うかも知れねぇが。

すっこめた手を追いかけて引き戻し自分で握らせた。
「自分で擦ってみな」と言うと戸惑いを隠せない表情をする。
俺の前で自慰もどきはやっぱり見せたくねぇか。
しっかしバイブ突っ込んで乱れ狂う姿は見せといてこれは見せれませんはもう通用しねぇだろ。

躊躇う黒崎の手も一緒くたに俺の手で包む。
そのまま華奢な手ごとしごきだす。
あれよあれよと黒崎のものはまた滴を溢れさせる。
はからずも自分の手の中で変化する自分自身に黒崎はどうしていいのか分からない様子でただ助けを呼ぶように切ない声を上げる。
「せんせ…そんな早くしないで」
とか言っているが実はもう俺の手はあてがっているのみで動いているのは黒崎の手だけ。
でもここで我に返らせるのも興ざめだから
「悪い悪い」と謝っておいてそろそろと手を離し俺は俺で黒崎の中から黒崎を攻めた。

白い肌に朱がさしている。
ろくすっぽ拭いてもいなかった濡れた肌は今はすっかり乾いてかわりに汗ばんでいる。
みるからにぎこちない手つきだが黒崎は自分で達しようと動かす。
もう俺の手が添えられてないことにはすでに気づいているんだろうがやがて来る快感の予兆にあらがえずやめようとしない。
俺の下で全部広げて全部見せている。
エロこの上ない眺めだがいかがわしさはなく絵画の中に入っているような気分だ。

黒崎の準備が整ったのを見て俺は一気に加速した。
突き上げるたびに黒崎のそこはびちゃびちゃといやらしい音を立てる。
絵画の中でそこだけ妙に淫靡だ。
いやらしい音をたてるそこは俺の動きに合わせてさざ波のように引いて満ちて。
おっさんな言い方で申し訳ないがこれは名器だろう。
俺のものもすっかり大はしゃぎだ。

そろそろかなと黒崎を伺うと眉をしかめて歯をくいしばり息を殺している。
息が苦しくなると僅かに唇が開き慌てて酸素を吸い込む。その繰り返し。
多分ちらちらと羽毛は舞ってはいるんだろう。
だからこうしていたら必ず快楽の天使の翼本体が舞い降りる確信があるように。
だが動かす手がだるそうなのでかわってやる。
擦らずに痛くするように締め付けてやる。耐えきれずに鼻にかかった声が出ている。


「く」と言いかけて思い直し改めて「いちご」と呼ぶ。

とたんにロックが外れたとしかいいようのない変化が俺が見てる黒崎と俺の感じてる『中の』黒崎で起こった。
まさにロック解除だろう。

黒崎は「せんせっ…どうしよぅ」と泣き出した。

『中の』黒崎は一瞬にして固体が液体になるあの感じだ。
溶けてる。
なんじゃこれは。
中の俺も一緒に溶けてんじゃねぇかと思うようなあまりの心地よさに腰が砕けて俺の頭ん中は真っ白だ。

かろうじて残ってる理性で「何が?」と聞くと「腰から下が痺れて…訳わかんない」と泣きじゃくる。
泣きじゃくってんのは黒崎のものも同じで俺の手はべたべた。
イッてんだ。
というか俺もイッてる。
イッたというよりかはイカされたという感じで。

どっと汗がでた。
気が付けば俺の呼吸は上がりまくりで肩で荒く息をする。喉がからからだ。
達成感以上に快感のゆりかえしがすごい。このまま倒れそうだがふんばった。

「せんせい…」と泣き(哭き?)ながら黒崎は抱きついてきた。
抱きしめ返すと震えていた。『中の』黒崎も痙攣のように小刻みに震える。
壮絶という言葉がよぎった。
身体全部で黒崎はイッてる。
快感も命がけだなと思った。

腕の中の黒崎は荒く息をして全身を浸す快感の余韻に耐えるような甘い嗚咽をあげていたが
それもしばらくしてやがて小さくなり
『中の』黒崎の小刻みな律動も間隔が長くなりそうして収まった。
その間俺は全身全霊で身体を開いてくれた『一護』が愛しくて愛しくて愛しくてずっと抱きしめていた。

黒崎がようやく静かになったので俺は一旦身体を離す。
ベッドから起き上がって見渡せば黒崎の飲みさしのポカリがあった。
取りに行って戻りもうすっかり微温くなっているそれを一口貰ってからもう一口含み
仔猫みたいに丸くなってる黒崎に被さり乾いた口を湿してやる。
黒崎はこくんと飲み込んでから嬉しそうに「先生もっと」と甘えてきた。
笑ってまた口に含み黒崎に口移し。
またせがまれる。
また口移し。
俺の飲む分がない。


俺らの身体は汗やらなんやらで正直べとべとだったが動きたくない。
そのまま黒崎の横に倒れこんで布団を被ると黒崎は身体を寄せてきてすっぽりと俺の腕の中に収まる。
邪魔とか重たいは感じない。まるで身体の全ての凹凸がうまく噛み合うように計算されてる感じに抱き寄せた状態が一番しっくりくる。

ふいに腰になにか当たるので探るとあの機械だった。
手にとってスイッチを入れる。
なにかコメントしたかったが黒崎が顔を赤くして目をそらしたので黙っていた。
スイッチを切り枕元に安置する。
癪だがアイツは今日の勃て役者だ。

「あれ、どぉすんだ?持って帰るのか?レンタルじゃあねぇんだろ?」
ていうかレンタルてキモチワルクねーか?
洗ってるとは思うがどこの誰が使ったかわからないもん使い回すてのは。
だから「買取」だろう。

「先生が…」
「持って帰れってか?」
まぁそう来るという予感はあったが。
まさか黒崎は持って帰れねぇだろ。
家族と同居の家に持ち込むものではない。誰に見られるかわかったもんじゃないし。
他にも赤い髪のアイツに見られて俺が使っただとかバレて変な誤解されて色んな意味で気の毒がられるのも癪だ。

だから持って帰るなら俺なんだが俺今日手ぶらなんですけど。
財布と携帯だけポケットに入れてるだけだ。
どやって持って帰れっちゅうねん。
やっぱりそのままポケットですか。
帰り道黒崎と別れて後いきなり車と衝突する俺が脳裏に浮かぶ。
財布と携帯と俺の血が散らばる地面にコイツも転がっている。
通行人の目線は息も耐えだえの俺ではなくコイツに釘付けだ。
とくに身よりもないしでしばらくは無縁仏としてきっと警察の霊安室に俺は寝かされる。
枕元には故人の生前を偲ばせるものとしてコイツが奉られる。
最悪だ。
絶対に帰りは車に要注意だ。
ほかにも工事中の鉄骨が降ってくるかも知れねーし毒ガステロに巻き込まれるかも知れねぇ。
長生きしたいと思った。
まずすきっ腹に酒は控えよう。
水分で食い物かっこむのもなるべく止める。
あと酢を飲むとか。あれはダイエットか。豆も頑張って食おう。
あとタバコだな。これは…

で、
何の話だった?

我に返って黒崎を見ると動かない。
覗き込むとすうすうと規則正しい寝息。
黒崎の寝顔を見るのは初めてだった。
よほど疲れたのか口の端にヨダレだ。苦笑して指先で拭ってやる。
可愛いなぁ。
写真でも撮っといて…と考えてしまったハメ撮りすりゃ良かったとか後悔した。
しかしだからどうだと言うんだ。
確かにそんな(ハメ撮り)写真あったら宝物にはするが
夜中にそれ見てそれから持ち帰ったあの魔法のスティック見てオカズにする自分の後姿を想像して非常に同情した。

写真と言えば…急にあの三角の月の写真が気になった。
黒崎すげぇとか言ってくれるかと思いきやなんか変な顔してたな。
なんかあんのかな。

眠っている黒崎を起こさないようにベッドから出る。
脱衣所に置いてる服のポケットに携帯があるから取りにいきついでにタオルを濡らしてくる。
ベッドに戻って黒崎の身体を拭く。そんなに注意しなくとも熟睡していた。
そのままタオルを放り出して寝そべる。

携帯を見たら着信があった。
職員室からだ。それと留守電サービス。
多分おこごと満載だろうからとりあえず無視してデータを引っ張りだす。

出てきた写真を見て思わず唸ってしまった。
確かに三角に月は見える。
だが室内でしっかり写真を見ると
その三角が遮蔽物…つまり建物だとか手前にあった桜の枝とか…そしてこれはブランコの鉄柱か。
とにかく遮蔽物に切り取られて三角に見える空間から顔を覗かせただけの月だと言うのがまるわかりの写真だった。
不思議は月が異様にデカイというその点だけだったが
のぼりはじめの月はよく空気の温度差によって出来る屈折ででかく見えるときがある。

なんだこれ。
苦笑して携帯を閉める。
黒崎は眠っていたが口元が笑っていた。






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