■04


国道沿いに歩いてるとそれらしき建物があったので立ち止まってから
『どうよ?』みたいな感じで黒崎の顔を覗きこむと
小さく頷いたから繋いでる手に力を入れ直して突撃した。

なんかやっぱりこの入るときと出る時って動作が機敏になるよな。

部屋決める間もなんかうしろめたい感じがしてあんまり好きじゃねぇ。

とにかくランプが点いてる部屋の中から手っ取り早く手前の一番右のやつを押したら
ルームナンバーが606だったので苦笑してしまった。

俺のひき払った部屋が606号室なんだよな。

エレベーターの中で向かいあうと黒崎は見るからにガチガチになっていてなんだか哀れっぽい。
なんか早まったかなと思った。
こんなに緊張していたらいくらその気がなくともオッケーになってしまう(らしい)黒崎の身体をもってしても
ストレス三昧になるんじゃないか?
言っとくが俺はSの気はねぇ。
征服欲は人並みにあると思うが相手に負担かけてまでやりたくはない。



そうこう考えてるともう部屋に到着した。
先に俺が入って安全確認(とりあえず)をして黒崎を招き入れる。
なんだか俺ん家に呼んでるみたいだ。606のルームナンバーがまた思い出される。

「ここがラブホと思うから緊張すんだよ。俺ん家来たとか思え」
と言うと部屋を眺めて
「先生ん家にしちゃモノが多いですね」とようやく笑った。

しかし部屋に入ってからしまったと思った。
晩飯を食ってねぇ。
これから肉体労働(?)をするというのにすきっ腹はさすがにきつい。
だがテーブルの上に何やらメニューが乗っかっているのに気がついた。
軽食な感じだか下手な喫茶店よりかメニューは多かった。

とりあえずソファに座りながら「なんか食うか?」とメニューを見せると
黒崎はテーブルをはさんで向かいにぺたんと床に座りこんでから
(まぁ椅子とかソファとかの類は俺の座ってるこれしかないから)
差し出すメニューを恭しく受け取ってみせた。

「遠慮すんなよ。好きなもん頼めや」
と言うと頷いてテーブルにメニューを置いてしげしげと吟味している。
そしてメニューはそれ一枚だというのに
ファミレスのメニューとかと勘違いしているのかページをめくるようにひっくり返し
「あ。裏には書いてないのか」とひとりごちている。
「たりめーだろ。飯屋じゃねぇんだからそんなにジュージツしてねぇよ」
と黒崎の顔からメニューに目線を移そうとして途中で固まった。

ドエラいもんがテーブルにあった。
ドエラいもんてのはドラえもんの親戚じゃねぇぞ。
ていうかそんなんこんな所にあったらうっかりほっこり和むわ。

ドエラいもんてのは大変なモノという意味だ。

ああ大変だとも。

ていうかラブホに来てるんだからこれがあって然りなんだが…。

あれだよ。

大人のオモチャてやつだ。

それのレンタルだか販売だかのパンフだった。

まぁあんまり好きではない。
なんかスタミナのないヤツの助っ人みたいな感じで。

俺は生身派だからな。
うん。

黒崎もそういうのは経験ないだろうし(多分)
これはまぁああこういうのがあるんだなァ〜みたいな感じでスルーして…



って黒崎ガン見じゃねぇかよ。

メニューそっちのけで見てるし。

あァ?興味あんのか?まぁお年頃だしな。

ていうかそれくわえこんで悶えてる黒崎の図がいきなり頭の中に殴りこみをかけてきた。
ローターとかの可愛い色とか形じゃなくてよ。
黒々とぶっといやつ。

やばいめちゃめちゃエロいじゃねぇか。
しかもなんのサービスだかスッパの上にエプロンだ。
関係ねぇだろ今フリルのエプロンは!
そもそも今はバイ…じゃない!
だから今はほら、
腹ごしらえだろが。

ガン見な黒崎の左手で宙に浮いたままになってるメニューを引き抜くと
釘付けになってる黒崎の前に遮るように置き直してやった。

黒崎ははっと我にかえったように俺の顔を見る。
頬が赤い。

「まずは先に飯だろが」
と声をかけると
「あっハイ」
と慌ててメニューに目線を落とす。
そして「この、スパゲティ」と電光石火の早業で決めてしまった。
上の口はなんでもいいらしい。
それよりも下の口を満たすモノの方が今の黒崎には大事のようだ。

「スパゲティか。俺昼スパゲティ食ったしな。俺は別のにするわ」
まぁそれはそれで今はおいといて今は飯だろう。
好きとか嫌いとかイッちゃうだの感じるだの裸エプロンだのドエラいもんだのいうのも結局上の口塞いでからナンボだ。

黒崎も俺の見てる前でわざわざアレを掘り出して見るのは躊躇うらしくまぁ未練たらしい顔にも見えたが
「ジュースとか頼んでいいですか」と『こっち』に戻って来てくれた。

「ジュースはそこの」
入ってきたドアのほうを指さす。
冷蔵庫がある。
「そっから好きなん取れ」
黒崎は振り向いて冷蔵庫の存在を確認し「よく知ってますね」となんだか責めるような目つきになった。
なんだよ。
知ってちゃダメなのかよ。

「まぁこれでもお前よかはいろいろ経験してますんで」
といってから
「てか、『俺ン家』って言ったろが」笑う。

黒崎もいっぺんに顔が綻んだ。
「そしたらどうせ酒とお茶とポカリしか入ってないんでしょ」
「じゃあ見てみろや。今日は違うぞ」
と立ち上がって冷蔵庫に近づいて二人で中を確認して思わず大笑いしてしまった。

本当に酒(ビール)と茶とポカリしかなかった。
まぁミネラルウォーターはあったが。
ほかはメニューに書いてあってフロントに頼めってやつだ。
ビールを取ってから黒崎に「別のんするか?」と聞くと「ポカリ取って下さい」と笑いながら答える。

やっと黒崎はいつもの黒崎になった。


フロントに『出前』を頼んでから待つ間に風呂に入ってないのを思い出した。
風呂場に行って浴槽に栓をして給湯ボタンを押す。

そういえば
「黒崎、あの『おばけ煙突』て銭湯か?」
気になっていた。

「違いますよ。そもそも煙突じゃないです」
「そうなのか」
「あれ、あそこの下に市営団地があってそれの給水塔かなんかなんです」

行かなくて良かった。
まことに行かなくて良かった。
行ってたら迷う。というか今黒崎とここに居ない。

「でかいな。何世帯分かな?」
「さあ?あの下、途中まで上れる階段あるんですよ。そっから上は梯子でそこは上っちゃダメなんですけど
 よく階段とこまでは上って遊びました」
「梯子も上ってたんじゃねぇのか」
「ははは。実は」

黒崎らしい。
ダメと言われても自分でやって納得しないと退き下がらない。

「まぁ多分俺も上るわ。そんなんだったら」
「ですよね?だって梯子あるんですよ。上ってください状態ちらつかせて禁止って腹たちますよね」
腹はたたないが。
なんでそこで立つ?
コイツの言動は時々なかなかにアグレッシブだ。
鼻っ柱が強いというかだから好きなんだけどな。

黒崎はなんか乗ってきて饒舌だ。

「俺、そういうのヤなんです。なんか意地悪されてるみたいで」
「意地悪じゃねぇだろ。危ないからなんだろ?」
「危ないなら最初から梯子なんか付けるなって…思いません?」
「それじゃ給水塔の点検のやつが困るだろ」
「クレーンかなんか出せばいいんです」
「そっちの方が危ないぜ。団地だろ?
 んなとこであんだけ高い塔上れるクレーンてハンパねぇぞ。まず舗装がやられるな」
「そうなんですか?」
「そうだって。てか日本の普通の市街地で重機戦できないって知ってたか?」
「なんでですか?」
「地盤ていうかその上の舗装がな。戦車の重量に耐えれないんだよ。
 バキバキだ。まずまともに走れねぇ」
「へぇぇ」
戦車と聞いて目がキラキラしている。
さすがオトコノコってやつだ。

そこでインターホンが鳴った。
フロントに頼んでた『出前』が届く。
黒崎はスパゲティで俺はカレー。
ソファに座って食べるにはテーブルは低すぎるし床に座ってテーブルで食べるにはそれは高すぎた。
結局床に向かいあって各々皿を抱えて食べる。
ふっと夏休みの生徒指導室でちらし寿司を食ったのを思い出した。

…ていうか…。
風呂出しっぱなしじゃなかったけか?
食い終わっていたので立ち上がり見に行く。

満ち溢れる風呂を想定していたら自動停止するらしく丁度いい湯量になっていた。
もう立ち上がってしまったから戻るのも何だし飯も済んでるし
「俺入るぜ」と黒崎に声をかけてさっさと入ることにした。

脱衣所に備えてあるビニールに入ってるタオルを出すときにその下に何やらフリルっぽいものを発見してドキッとした。
まさか…エプロンか?
さっきいきなり脳裏に乱入した妄想がよぎってあろうことかにやけてしまった。
心鮮やかに手にとりビニールの上から確認するとなんのことはないバスローブだ。

心が若干色褪せた。

てかなんでラブホとはいえいきなりエプロンが脱衣所にあるんだ。
それはオプションだろう。
ていうかオプションでもかなりマニア系だろうが。
苦笑してそれを戻し着ていたジャージのパーカーに手をかける。
重ねて着ていたTシャツとまとめてかぶって脱いだ途端に背中に猛烈な視線を感じた。
振り返ると黒崎がちょこんという感じで脱衣所のドアを半開きにした間から顔を覗かせていた。
「食ったか?」
と聞くと頷いてそれから可愛い顔して
「一緒に入っていいですか」
って言うから断れる訳がないだろう?



丁度いい湯量ということは二人入ると溢れるということだ。
いっぺんに風呂場は溢れた湯の湯気で曇ってしまった。

家の風呂と違って広いから浴槽の隅に丸くなって体育座りをしている黒崎が遠い。
かくゆう俺もせっかくの広い風呂だというのに
そんな黒崎になんだか遠慮して身体を伸ばすのが憚られて五右衛門風呂に入る人みたいになってるし
その上揃いも揃ってなぜか風呂場の扉の方を向いているから
その扉からもし誰かが覗いていたら風呂コントやってる最中の芸人二人っぽいに違いない。
頭にタオルでも載せたら完璧だろう。

一緒に入りましょうと積極的だった割には
黒崎は借りてきた猫みたいになってぽちゃんと浸かってるだけで
あまり二人で入ってる意味がないような気がする。
なんか最悪のパターンだ。
風呂に入ってこれだからもうきっかけがない。

ラブホまで来てしかも風呂に一緒に入っているというのにこの『間』はなんだ。
ラブホに入るまではかなり盛り上がってたと思うよ。
お互いの気分は。

多分飯食ったのが敗因なんだろう。

わかってるけどだってあれあのままやってたら腹もへりっぱだが黒崎もガチガチで。
今もガチガチになっちゃったかも知れねぇがな。

ふりだしに戻ルだ。

ちらっと黒崎を見たら濡れて顔にかかった髪をいじっている。
濡れたオレンジの髪は艶を増してそれが風呂の照明に光って綺麗だった。

ものすごく触りたくなり
「地毛なんだなぁ」
と生活指導みたいなことを言いながら手を伸ばして髪を撫でてみた。
すると黒崎はこっちにすこし首を傾げてみせ目を閉じてされるままになっている。
反応を伺いながら撫でる手の面積を大きくする。
髪ではなく頭を撫でる感じになった。

静かな風呂場に水音だけがする。

呼吸すら雑音になるような気がして息をひそめる。

目を瞑ったまま黒崎は身体をこちらに向ける。
黒崎の動くのに合わせて水音がした。

そうして黒崎は目を開けた。
茶色い瞳には今俺しか映ってないはずだ。

…催淫剤。…らしい。

「…先生」
水音で聞こえなかったが黒崎の口がそう言ったようだった。

それでようやく俺の中のストッパーみたいなのが解除された気がした。
そろそろと抱き寄せる。
水音がまとわりつくのがかなり煽情的だ。

そして黒崎は俺の中にすっぽりくるまった。
あの606号室で手放してから二度と戻らないと思っていた小鳥がこの606号室でようやくこの手に戻ってきた。

抱きしめて顔を覗きこみ唇を合わせた。

ただ水音だけがする。




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