■01


いつも定期連絡のように一日一通はあった黒崎からのメールが途絶えて一週間になる。

内容は取り立ててどってない話だ。
テレビの話の時もあるしいきなり「今日帰り道で見た犬」とかの写メだけだったりと。
それに俺は返事したりしなかったり。
だからといって催促もなにもない。
そしてまた次の日には違う話題の短いメールつまりショートメール略してSMってやつが一通来る。
こういうのが一番やりやすい。

それがこの一週間、ない。

黒崎からのSMがないんだ。

わかってる。原因は俺だ。

だからってゴメンナサイと謝るようなことでもないんだ。
これこれこういうとこが悪ぅございました。以後改めますので何卒ご容赦のほどを…
ってなんで俺が謝んなきゃいけねーんだ?
あれだろ?
あれは黒崎の感受性に因るところが大きいだろ?
あの時俺が取った行動は確かに「可」とは言い難い情けない行動だったかも知れねぇ。
だけどけして「否」でもないと思うぞ。
こんな男がいいっていうお嬢さんはごまんといるだろう?
そん中の誰か俺拾ってくれませんか?
一応給料持って帰ります。
教師ですから。
ヤルのも上手いほうだと思います。
教師ですから…ってそれは関係ないか。

ああもう断片だけ小だしに愚痴ってごちゃごちゃ憶測されんのうぜーから
なんで今俺と黒崎が連絡途切れてるのか大極を教えてやるよ。

それで俺に同情してくれるもよし、
頑張ってって応援してくれるもよし、
こうしたほうがいいよとアドバイスしてくれるもよし。

とにかく。凹んでんだよ。

聞いてくれや。

別れてねぇぞ。

多分。

まだ。


ていうか付き合っても…ないけどな。

そんなこと口が裂けても言えねぇ。



ことの始まりは職員会議だ。
つーか俺遅刻した。

だって春休み中に会議だぜ?
んなもん家で寝てたら遅刻するのはごく自然の成り行きだろう。
春休みは時給じゃないしな。

で。そもそも会議なんざ普通は出ねぇもん。
だけど今回はあれだよ。
進級のクラス分け。
恐ろしいだろクラス分け。
進級してまた黒崎の担任になれるかどうかの大事な会議だ。
加えてあば…なんだっけ?
出席番号2番の赤パインを地のはてのクラスに追いやれるかどうかの重要な会議だ。

そして俺は遅刻しました。
大事にも関わらず。

会議室のドアを開けた瞬間目についたのが東仙のまじめくさった顔だった。
なんだ今更みたいな口元してた。
なんだ今更という口の形があるのかどうか分からないがとにかくそんな口だ。
アイツは口元以外表情が分からねぇから「なんだ今更」も口元にしか集約しない。

「会議は終わったぞ」

いいながら俺に何か書き殴った紙きれを渡してきた。

「貴様また担任だ。外してやりたかったがな」
見れば教師の名前が項目名の様に一番上に並んでいる。
そしてその下に生徒の名前が連なっている。
つまり教師はそのクラスの担任でその下の生徒名はその担任が受け持つ生徒というわけだ。
文字が崩れて書き殴っているわりには文字の間隔は整然としていて何度か清書しなおしたものだというのが分かる。

俺はとっさに自分の名前を探す。
確かにあった。
そしてその下の生徒名に視線を滑らす。

黒崎、
黒崎。

生徒名は五十音ではないようだ。
だから「黒崎」は五十音だとかなり上のほうにくるがこの紙ではその限りではない。

黒崎黒崎…。

今一番大切に思う生徒の…いや少年の名前を探す。
携帯の中では毎日見ているのになんでここだとなかなか見つからないんだ。

ていうか。ない。

ないから見つからないんだ。
なーんだそゆことかぁ。

いや、違う。見つからないのは、


黒崎と離れなきゃならないからで。


デパートの催し会場直通エレベーターでもここまで忙しく上下しないだろうってくらいに
俺の目線は連なる生徒名の中を上に参りま〜す下に参りま〜す。
そして途中から各階停止でくまなく探し回ったが探し人はいなかった。



「ぼうっとつっ立つな。着席しろ。それはまた印字してから渡す。今から入学式の…」
東仙がなにか言っているが耳にはいらない。

そして紙の中に黒崎の名前を見つけた時には「黒崎」は朽木のクラスに居た。
その上
「阿散井」がその「黒崎」の上に乗っかっていた。
俺の目の前で二人仲良く朽木のクラスにおさまっていた。

澱んでいる俺にウル川が止めをさす。
「素行のいい生徒から取り合いだ。
ヤンキーの大島も反町もお前のクラスにいて随分良くなったからひくてあまただったしな。
お前のクラスにいたやつは嫁の貰い手にはことかかなかったぞ」

…で黒崎は朽木に略奪された訳か。席に着いてる朽木は澄ましくさって何を考えているのか読めねぇ。
朽木は唯一俺と黒崎の仲を知っている。
何のつもりだ?

そしてヤツの腹積もりはわからないが阻止する俺は…遅刻して居なかったんだ。
取り放題持ってけドロボー状態だったんだな…
で、俺が押し付けられたのが貰い手のないどうしようもないやつ…って事ですか。

「まぁ貴様の生徒指導の手腕には皆一目置いている。お前が居ても居なくてもこうなってただろう」
でも。
俺がいたら黒崎だけでも守れたんじゃないか?

そうするつもりで居たんだ。
学校でしか会えない俺らだ。せめて教壇の上と生徒席の間の無言の目配せくらいやったって罰は当たるめぇ?

だから春からの新学期もそうするつもりで、

だから俺はこの会議だけは…。


くそったれが。

なんで俺遅刻するかな〜。



そのあとはもう覚えてねぇ。
東仙がなんか俺に向かって何か言っていたがなんか遠い記憶のようだ。
帰りぎわにもなんでか食い付いてきて凄い剣幕でなぜか俺の鞄を指さしていたが何のことだか。


家にどうやって帰ったかも覚えていない。
帰って着替えもしないでベッドに倒れこみしばらくぼおっと東仙の寄越した紙を眺めていた。

黒崎が聞いたらどんな顔してくれるかな。
離れちまったよ。
寂しいか?
まさかな。
アイツには他に男がいるんだ。
しかもソイツとは晴れて同じクラスだ。

アイツが俺に恋してくれるのは俺の前にいるときだけだ。
そこに居なくてもアイツの心を占めているのは結局あの赤い髪のあの野郎だ。
あの時いやというほど思い知らされたただろう?
アイツはこの部屋にいながらそこにいないあの野郎を思って泣いてたんだ。
俺はそこまではアイツに思われちゃいないだろう。

だから言えないんだ。「アイシテル」ってやつが。

それでもいいと思う。
少なくとも俺と黒崎は普通の教師と生徒の関係よりかは深い。
少なくともアイツが俺の下で身体を震わせてる間だけは完全に俺だけのものになる。

それだけでそれだけでいいじゃないか。
抱けただろう。
そしてこれからも抱けないことはないと……思う。
てか、俺はそれしか考えてねぇのか。
いや、アイツもそうなんだろう。
結局身体だけだ。
あとについてるなんかこのもやもやした感じは恋とかそんなんじゃなくて性欲の「おつり」だ。

うすうす思ってはいたが改めて再確認するとズシンと来る。
アイツの前じゃ気前いい心の広い物分かりのいい「先生」をやってるから余計に反動がキツイ。
しかも相手の野郎にもとっくにバレてる。
バラしたのは俺だけどな。
つまり彼氏公認の間男だ。
口先じゃ張り合ったこと吐かしてるが実際アイツと彼氏がいる間に割って入れるかと言われたら答えはノーだ。

違いすぎるんだ。結局アイツらと俺の立ってる場所は。

って俺今めちゃくちゃネガティブシンキングじゃねぇか。

なんなんだよ。嫌んなるなぁ。
と寝返りを打った途端に腹がなった。
そういや昼から何も食ってねぇ。
しかも帰りに何も買ってないから家の中に食い物はねぇ。
かといってもう買い出しにも外食にも出るガッツがねぇ。
あ〜情けね〜。
腹減ると思考てやつはますますネガティブシンキングになっちまう。
ああ俺はここで動けなくなって死ぬのかなとかそういうことは考えないが部屋の、
なんか妙に暗い部分ばかりに目が行く。
まぁ落ち込んでいたらそうなる訳で誰もわざわざさぁ落ち込むぞといって陽光煌めく屋外に飛び出すやつはいない。
もしうっかり出ちゃった場合は落ち込むのを止めるかもっと落ち込むかだ。
つまりあまり明るい場所は健全な落ち込みには適さないという訳だ。

で、俺はそうして暗い場所ばかり眺めて健全に落ち込んでいた。

そうしたら急に中学の時に同じクラスだったやつのことを思い出した。
すきっ歯のやつでロイとか呼ばれてた。
本名は他にあったんだろうけどロイしか覚えてねぇ。
で、ロイは遠足の時に山の中で迷子になった。
先生らが探したが見つからずついには地元の青年団とかが出てきて大掛かりな捜索になった。
俺らは先にバスで学校に戻らされなんでかロイのためにお祈りとかさせられてから帰宅になった。
そして翌日学校に行ったらロイは普通に学校にいた。
そこからがなんか今思っても変で、
誰も「こらロイ!心配したんだぞ」とか「なんで帰ってきたんだよロイ」とか言わなくて
普通にチャイムが鳴って普通に授業が始まった。
誰も昨日のロイの起こした騒ぎに何も言わない。
っかしいなぁと思ったが空気の読める俺は黙っていた。
でもなんか授業中もロイが気になる。
ロイの席は窓よりで俺は窓の外を見る振りをしてロイを見ていた。
その時ロイの肩越しに桜が散るのが見えたのははっきり覚えているがロイの記憶はそれ以外ない。
ほかの行事の記憶はもちろんあるがそこにロイがいたという記憶がない。



ふいに携帯が鳴った。
思い出が中断される。見れば学校の職員室からだ。
出る気なし。
放って置いたらしばらく鳴ってやがて静かになった。
用があればまたかけてくるだろう。その時気分が良ければ出てやらなくもない。

しかしさてどうしよう。
もうロイの思い出に再び浸る気分じゃないし腹も限界に近い。
食いに行くとか調達以前にその志なかばで俺は力尽きるかも知れねぇ。

とりあえずタバコに火をつける。
食事前にタバコを吸うと食欲が落ちるときがある。
煙が腹の足しになるのかどうかは不明だがなるような気がした。
しかし違っていた。
タバコは確かに食欲を落とすがそれは食欲を抑えるだけでタバコだけプカプカ吸っても腹は満たされない。
つまり食って初めて発揮される特効であって食うあてがないのにタバコだけふかしても駄目だと言う話だ。
タバコを吸ってもエンゲル係数はゼロにはならない。
そういうことをボサッと考えていたらまた再び携帯が鳴った。

短い呼び出し音でそれがメールだと気付く。

送信者をみれば
黒崎だった。

黒崎からのSMだ。

メールを開けてみると写メのアイコンがあった。
クリックしてダウンロード。
来た写真を広げて俺は唸ってしまった。

なんでか牛丼の写真だった。
これは今の俺には拷問に近い。
というかはっきり言って嫌がらせだろう。
しかし多分黒崎は今の俺の惨状を知るわけもない。
だから多分この写真はほかに見るべき部分があるはずでだからこそ黒崎は俺に送信してきたんだと思う。
しかし俺は牛丼ばかりをガン見だ。
しかも黒崎写真が上手い。
ピンぼけもくすみもない鮮明な一枚は俺の視覚を通じて五感も誤作動させる。
においまでしそうだ。

思わず「腹減った」と返信してしまった。
俺がメールにすぐさま返信するなんてのは滅多にないから多分驚いているかも知れねぇ。

案の定またメールが来て「食べてないんですか」と来た。
「くいそびれのかいわすれ」と変換ももどかしく送信すると

「買っていきます。30分くらいでいきます」
と目を疑うような有難い福音の言葉が携帯の画面の中で光輝いていた。

やっぱりお前は


天使だよ。



  *  *  *




カサカサというビニールの音と共にちょこりんと部屋の真ん中に天使が鎮座ましました。
俺はといえば天使降臨の告知に
空きっ腹な身体に鞭打ってとにかくと慌てて着替えた白の長Tの裾に
前食った焼きそばのソースがついてたのが洗濯で取りきれなかった事実に若干凹んでいた。
天使は袖がオレンジに切り替わったフリースジャンパーを着ている。
髪色によく合っていて制服のときよりも子どもっぽく見える。

ずばり、かわいい。

そして天使はにこにこと
「終業式以来ですね」と微笑み「お待たせしました」と手にしていたビニール袋を渡してきた。
「大盛りにしました」なんと気がきくこと吐かすんだぁこの天使は。
クソったれ。
牛丼食ったら覚えてやがれ。
たんまりと身体でお礼してやろうかとか条件反射で考えたが
それは後ほどの気分の盛り上がりにまかそうとまずは礼を言う。

「ありがとな。学校からソッコー脇目も振らずに帰ってきちまった」
と受け取ったビニールがやけにでかくて重い。
牛丼のスチロール容器のデカさ重さは男の一人暮らしな俺には慣れたものだが
これは大盛り云々のレベルじゃない。
「?」
覗いてみるとなんのことはない。容器が二つだ。
「二つはキツイぞいくらなんでも大盛りだろ?」
と言うと黒崎は「俺の分す」とニカっと笑っていた。
「お前食ったんじゃねぇの?」
「いいえ」
「写真撮って送って来たろうが」
そういえばあの写メの意図がわからない。
「あれ、店の前にある看板の写真すよ」
「え?」

携帯を出して写真を見る。
言われて見れば確かにそうだ。
必要以上に旨そうに見える。
おまけに丼はよく見ればテーブルの上になく真っ白な空間に浮いている。
ああ看板だ。
道理で写真が「上手い」んだ。
プロが撮ってんだからな。
そして俺はそのビジュアルな戦略にまんまと乗せられてしまった訳だ。
というか乗せたのはこの場合カメラマンや看板デザイナーではなく黒崎なんだが。

「てか、一人で牛丼食うのもな〜って。先生も食べるかなとか」
あの写真は飯のご相伴のご指名でしたか。
見事だ。
この時間帯にこんな写真見せられて食い付かないやつは居ない。
まぁ夕飯を早く済ますやつなら違うだろうが。
その時間を見計らって旨そうなもんの
しかも客寄せに割増で旨そうオーラを纏った写真をおくりつけられたら大概は食い付く。
断れるはずはねぇ。
それを計算でやったのかどうかは知らねぇが結果黒崎は「まんまと」俺の部屋に降臨ましました。
やっぱり俺って黒崎にいいように操作されてんのかなとか思ったが
まずは頂くことにしよう。
あ。牛丼のほうな。黒崎は…あとで考えるわ。

「つか、彼氏は?」
食いながら会えばいつもお決まりになっているセリフを
今日ばかりは本当は使いたくなかったがやっぱり気になるので聞く。
一瞬あのクラス分けの紙のことが頭をよぎった。
どうしようか。
あのことを黒崎に言おうか。

「恋次は今日は…」
まぁそうでなかったら俺に白羽の矢は立たんよな。
相変わらずネガティブな自分の思考に苦笑いしたら黒崎は別の意味に取ったのか
「てか。春休みだから先生に会えないんで今日は」
と笑い返してきた。
食ってる飯粒が口元について可愛らしい。

「家族も子ども会のキャンプ行っちゃってていねーし」
「お前行かねーのか」
「まわりジャリばっかっすよ」

一瞬がきんちょに取り囲まれてそれをいなしながらカレーの具材を切っている黒崎がよぎった。
背景はいうまでもなくどこぞのキャンプ場だ。
しかもなんでか雨が降っていて薄暗い。
合羽をシャリシャリいわせながら料理している黒崎は
張り付いた笑顔の下で雨天決行を呪っているに違いない。
正解だ。
行かなくて正解だぜ黒崎。

「ふうん。じゃお前、今日は一人?」

なんか話のながれが…

「あ…はい」

うん。多分これは…

「なんか開放感あるだろ?」

来るぞ

「あの…」

来るぞ

「何?」

ほら、


「今日泊まって…いいすか?」

キターっ。

鼻息が飯粒とともに出そうになるのを堪えてつとめて平静を装いながら
「お前がよかったらいつでも」と言ったもののすでに俺の中では色んなものがおおはしゃぎしていた。
ちらっとベッドの脇にある時計に目をやる。
ざっと寝る時間までの「しなくてはならない」ことのだいたいの時間配分を決める。
よっしゃ。
天使の祝福の鐘がさんざめきさっきまでのネガティブさは鳴りを潜めたようだ。

だが…。

言っちまおうか。

いや。今言ったって。
どうせ新学期になりゃ分かることだ。言って今をぶち壊すのは…

「すみません。急に押し掛けて。
てか、二年上がったらクラス分けあるから」
今の俺の頭ん中覗いたようなタイミングで黒崎がクラス分けの話をしだしたので
いきなりぼんのくぼをどつかれた気がした。

「あ…そうだな」
取り繕うような笑い方しか出来ねぇ。
「まさか一年のクラスのまま持ち上がりってないんでしょ?」
「ん…まぁ」
歯切れの悪い答え方をしてしまった。
多分黒崎がいつも見ている俺らしくない。
黒崎が怪訝な顔をしたような気がした。
「もう…決まってるんすか?」
目が合わせられない。
「ま〜ぁ…な」
「あっ仕事上の機密とかならいいですけど」
つまり教えろって言いたいわけね。

「別に守秘義務はねぇよ」
結局ばれてるし。
ていうか昼間の動揺から今でインターバルが短かすぎる。
自分でも整理ついてない問題をつつかれてボロがでまくっている。
ロイの思い出に浸ってる暇があるならこの問題に自分なりにケリをつけておくべきだった。
そうしたら少なくとも今はポーカーフェイスが保てたろう。

苦笑する。
「お前は朽木のクラス。あいつは俺よか風紀厳しいぞ。頑張んな」
「え?じゃ先生は?」
黒崎は目を真ん丸にしていた。
茶色い瞳がくるくる動くのが眩しい。

「俺は別のクラス」

なんていうか`どうだ'という気分になった。
どうだ参ったか。
俺も参ったよ。って感じだ。
この打撃に俺はここまで耐えられたが果たしてキミはどうかな?
みたいな。

黒崎の様子を伺う。
寂しい顔してくれるのを期待していたが見事にあてが外れた。


黒崎は…一瞬だが…笑っていた…ような気がした。
しかも凄く安心したような。

                            

「なんで笑ってんだよ…」

笑ってませんという答えが欲しかったんだ。
気のせいですという明確な答えが。

なのに

「いや…だって…」

そうか。
笑ってたのは否定しないんだな。
ならなんで笑ってんだ?
きっと寂しいなんてこれっぽっちも思っちゃいねぇ。
やっぱ恋人気取りは俺だけか。
コイツにとっては「数のうち」なんだな。

バカバカしい。

ガキに本気出してた自分が滑稽だった。

身体だけ。
その時だけと腹くくってりゃコイツのために凹むこともなく今も余裕で楽しいはずだろう。

なんだかめんどくさくなってきた。
牛丼も食ったしさっさとやって寝ちまおう。
コイツもそのつもりで来たんだろう。
ならもうだらだらとしゃべくってないでやることだけさっさとやりゃいいんだな。

身体だけ
身体だけ。

わかってたくせに。

無理矢理そう決断したらいっそすがすがしい気分になった。
なんだ簡単なことだったんだな。

「だって俺先生の…見て…きないから……いつも……えて…」

あ?何言ってんだ?
ああ。
俺が質問したのに律義に答えてくれてんのか。
優しいなぁ。

でももういいや。

てかお前下向いて喋ってるから聞き取りにくいよ。
喋んなくていいよ。
いいからさ。

空になった牛丼の容器とかビニール袋とか散乱してるテーブルを脇におしやる。
そしてきょとんとしている黒崎の手を引きよせる。
抵抗なくすんなり黒崎の身体は俺にすっぽり抱えこまれた。
「ごっそさん」
「先生?」

ほれ見ろ。
もう目が潤んでやがる。
唇を合わせるとするりと腕が伸びてきて俺の背中に回される。
これでいいんだよな。

身体だけ身体だけ。

唇を合わせたまま体勢をずらし黒崎の身体を床に横たえて
フリースのジャンパーのファスナーに手をかける。
ジジジと無機質な音が今の気分に合ってる気がした。
フリースの下のTシャツの上から尖りを探る。
二、三度撫でただけですっかり固くなった。
エロいガキだ。
この身体で大人を翻弄しやがる。
翻弄されてる大人な俺は翻弄されてることを気どられないように
余裕な顔でエロいガキの身体を開いていく。

はだけて捲りあげた肌の上に唇を這わせじらせながらより深い刺激に身体を慣れさせていく。
声が漏れている。
汗ばんでいる。
下着の中に手を滑りこませるとすでに気持ちだけで昂ぶりだしている。
意地の悪い考えが湧いてそれを無視して周りの茂みだけを散歩してやった。
それが我慢ならないみたいに腰が浮いてくる。
そのタイミングを見計らって下着ごと全部をずり下げてあらわにする。
そしていきなり後ろの穴に到着してやった。

とたんに「ひっ」という短い悲鳴。
ぎょっとした。なんだ?
今の反応は。

感じて…ない。
これは、

もしかして、ともう一度指をあてがう。
やはりビクリと身体をよじる。

いっぺんに萎えた。
バカにしてやがる。
なんなんだよ。

重なっていた身体を起こす。

「服着ろ」
もうやめだ。

「先生?」
ガキがポカンとした顔で見上げている。
めちゃくちゃにかわいい。
だから余計に出来ねぇんだ。

「今日じゃなかったら昨日か?一昨日か」
「何…が?」
はだけた服を直しもしないで呆然としてるもんだから俺が直してやるハメになった。

「彼氏とやっただろ?」
脱がせた順と逆回転で乱れた服が直っていく。
「え…」
ジャンパーのファスナーだけは直せなかった。
「痛ェだろが。そんなんでやれるか」

座ったままの黒崎をそこに置いて脇に避けたテーブルに肘をかけてタバコをくわえた。火をつける。

「痛く…」
黒崎は何か言おうとしていたが遮る。
「お前の身体だろうが。きついなら先に言え。無理にやったりしねぇよ」

すっかり興ざめだ。

身体だけ身体だけの関係だと腹をくくった矢先に今日はその身体すら望めませんと来た。
ていうか他のやつが食ったあとチョンバレの身体で慰められてる自分てやつが情けない。

残飯で喜んでるハイエナだ。

沈黙になる。
黒崎もウンともスンとも言わない。
もう寝ろというにはあまりにも早すぎる時間でだからといって泊めると言った手前放り出すわけにも行かないが
沈黙が耐えられなかった。

というかこのままコイツがこの部屋に居たら

「今日は帰れ」

なんやかんや自分に言い訳つけて結局抱いてしまうような気がした。

他の男の余韻のある身体。
他の男に。
わかってはいたがまのあたりにすると堪える。

「俺、そんなつもりで来たんじゃ…」
「よがっといて何言ってやがる。
多分俺じゃなきゃ今頃痛かろうがなんだろうが無理矢理入れられてんぞ」

「だから…痛いのは…」
「我慢するってか?俺が困るんだよ。痛がってる中入れてなにが楽しいんだ。んな趣味はねぇ」

なんか水掛け論だ。
ていうかデカイ声で言い合う話題じゃないような気がする。
吸わないままにタバコが指先で殆ど灰になっている。
灰皿に押し付けたら火はサクっとあっけなく消えた。

「帰りな」
「…わかりました」

うなだれたまま黒崎は立ち上がる。
俺は財布から一枚だして黒崎に握らせた。
「?」
「牛丼代」

みるみる黒崎の顔が曇りだす。

「失礼します」踵を返して玄関に向かう。
「気をつけて帰りな。今日はありがとな。助かった」

黒崎は立ち止まって何か言いたそうにふっと俺の顔を見上げたが
俺はつとめてシラケた顔をしていた。

とどめのように
「彼氏によろしく。二年もお前ら同じクラスだ。仲良くやんな」
と言ったから黒崎はもう立ち止まらない。

足早に向かった玄関からドアの開閉の音がして、そうして部屋に俺と沈黙だけが取り残された。

はぁっとため息がでた。

どかりと床に座り込む。
天井を睨み次に床に目をやる。

そのままうなだれた。

ふいに目の前に染みが見えた。
取りきれなかったソースの染みだ。
見ているとその染みが広がって行ってるような気がした。

染みは網膜に張り付いて次に目線を他にやってもスクリーンのように視界にちらつく。

部屋が薄汚れて見える。

ふっと引越しをここしばらくやってないことに気がついた。



引越ししようか。






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