(4)
そうして一護は見たことないような綺麗な笑顔を披露して
俺の背中に手をまわしてきやがった。
「先生、今日先生に会えて良かったです」
「携帯に感謝だな」それから夏休み時給制にした藍染にも。
さっき押し倒したとき慣れてんなと感じたのは
ただ一護が固まりすぎていただけだとわかった。
俺が制服のボタンを全部外しにかかると一護は顔を真っ赤にして身体を震わせだし、
あらわになった小さな突起を指でなぶると途端に息が上がった。
いい反応しやがる。
しかしここは無人とはいえ学校内だ。
あまりグシャグシャにするのも気がひけたしお互いはじめて肌を合わせるから
あまりとばすのも一護に悪いような気がして控え目にやってるつもりだが、
一護の乱れっぷりに引きずりこまれて
俺の方が一護に連れて行くと約束した
「名前もなにもかも忘れてしまうような場所」
に足を踏み入れそうになった。
ヤバいわコイツ。
とくに〇〇〇が▲▲▲で俺の◎◎◎が(中略)て■■■…。
はぁ。
もぉいいや。
正直に言うよ。
やってねーよ。
何でかって…んなもん……。
黒崎はずっと俺を見上げていた。
俺もまばたきをするのも惜しいくらいに黒崎を見つめていた。
見つめても見つめても見つめ足りないくらいだったが
余りの沈黙に耐えられなくなってきた。
蝉がひっきりなしに鳴いているが
締め切った室内ではなんだか別の空間から洩れ聞こえる
さんざめく遠い拍手のように聞こえる。
「コーヒー飲むか?」
俺は阿呆か。
そのままやっちまえばいいものを、
黒崎だってその気だったに違いないんだ。
俺が「コーヒー飲むか」ってった時、なんじゃそらーみたいな顔してたもんなぁ。
しかも「コーヒー飲むか」だぜ。
はじめに酎ハイ出したとき俺は
「飲めよ。で涼んでたら抜けるだろ?そしたらコーヒーでも入れてやっから匂い誤魔化してけ」
って言ったんだ。
つまり最後にコーヒー飲んでけって事でよ。
コーヒー飲んで帰れって意味なんだよ。
京都の「ぶぶ漬け」なんだよ。ちょっと違うか。だいぶ違うな。
まぁ、だから「コーヒー飲むか」は「今日はこのくらいにしとこう」って事で
今から盛り上がってく寸前に
俺ってば自分で自分に引導渡したっつーか。
しかも黒崎。
「はい」ってなんだよ。
「コーヒーは後でいいです」とか
「もっと先生とこうしていたい」とか
「俺、先生のその素敵な如意棒をくわえ込みたいです」とか
「早く来て…俺もうこんなになってます先生はやくぶちかまして下さい」とか
「もう俺は先生だけのものです。○○○○(←名前忘れた。
出席番号2番のやつ。ラベンダー畑で冷たくなってるはず)と別れます」とか
言って然るべきじゃないか?
それが「はい」だぜ。
もう、やんなっちゃうよなぁ。
でもよ。
向かいあってコーヒーすすってる時「先生」と切り出してきやがった。
「あ?」
「あの…先生…その…」
「なんだよ」
「さっきのって…続きやるつもりだったんですか?」
そうだよ!お前の全部、すみからすみまでご賞味…
「…な訳あるか」
あるんだよ!
「いくらなんでもここでこの立場の俺がそこまでするか」
何、紳士ぶってんだよ俺っ!今、ここでしなきゃいつどこでするんだよ!
「それにお前、彼氏いるしな」
アイツぜってー殺す。二学期覚えてやがれ。
黒崎は黙って眩しいものから目をそらすようにコーヒーカップばかりを見ている。
「アイツは優しいのかよ」
「はい」
「…即答だなおい」
もう決定だ。絶対殺す。
いつどういう風に実行に移すのかは今は言えないが絶対殺す。
「まぁ、仲良くやんな」
余命幾ばくもないアイツに心残りがないように。
「まぁ、今日のことは黙っててくれや」
そうそう。気どられて化けて出て来られちゃったら嫌だし。
アイツの身にもなれや。
恋人がその担任に心がわりして挙句そいつに殺られるんだぜ。
やるせないだろ?可哀想すぎて涙が出るわ。
ここは知らぬが鼻血だぜ。だから何も知らせぬまま逝ってもらおう。
若くして散るアイツへのせめてもの情けだ。
「もぉ帰りな」
このまま二人きりでにらめっこしてたらまた俺なんかやらかしそうだ。
「そうします」
黒崎は立ち上がり
「片付けますか?」
とコーヒーカップと…それから空の酎ハイの缶を指さした。
躾が・・いいんだろうな。
「いーよ。気にすんな」どうせ東仙がやるだろ。
あ。空き缶はいいとしてカップ二つはなんか詮索されそーだな。
まぁ黒崎だとは誰も思わんだろうが。
「休みはなんかどっか予定とかあんのか?」
送る言葉が見つからねぇからあたりさしさわりのないことを言いながらドアを開けてやると…
ドアは開かなかった。
そうか。鍵かけちゃってたんだよな。
改めて鍵のツマミを回してノブに手をかけて黒崎の視線を感じた。ドアのノブを見ている。
苦笑いで誤魔化そうとしたがどうしようもない罪悪感が湧いてきた。
チラッと黒崎を伺ったら黒崎もこっちを伺ってたからばっちり視線がぶつかった。
視線が絡まる前に目をそらしてしまった。
もうダメだ。
さっきの紳士めいた建前も完全に無駄だ。
「先生」
黒崎が手を伸ばしてきた。
そして俺の首に両手をまわし頬にやわらかい感触がした。
「ありがとうございます」
何があったのか咄嗟には理解できずに呆然としている俺の前をすり抜け黒崎はドアに手をかけて振り向いた。
「夏休み、予定ないんです」
「そうか。俺は多分毎日ガッコ来てるよ」
時給だからな。
「じゃ俺、今度アイス差し入れに来ます」
「そりゃ助かるな。今度は正門から来いや」
「入る理由がないですよ」
「んなもん。生徒指導室に用があるってだけでいいんだよ。
指導室ってのはフリョーの説教部屋だけじゃねえんだぞ」
「え?」
「知らねぇのか?生徒指導室って名前の通りだよ。
悩み事とか困り事とかほかにも色々相談してきていいんだ。
よろしく指導かましてやる。
ただし宿題教えろはダメだぞ」
「はい」
黒崎はニコリと笑いペコリと頭を下げ、そして踵をかえして小走りに廊下を駆けていく。
「廊下走んな!」
「建前っしょー?」と声が返ってきた。
蝉の声がそうだそうだと言っているように聞こえる。
「そんなに走ったらまた喉渇くぞ」
そしたらまた悪いやつに引っかかってしまうだろう?
俺みたいな。
時計を見る。
終了時間にはまだ間があったが今日はこのくらいにしといてやろう。てか、俺の時給ていくらなんだよ。
生徒指導室を後にして職員室に向かう。
タイムカード押さねぇと。
職員室に入るとなんとウル川が居た。
机に向かってなんかしてやがる。
「かぁ〜遅いご出勤だなウルちゃん」
「昼過ぎには来ていたが」
このくそ暑いのに首まできっちりボタンをとめてその上汗ひとつかいてない。
密かに俺はこいつはサイボーグじゃないかと思ってるんだがまだ確認は出来ていない。
「それでもおせーんだよ。俺なんか時給っつっから張り切って朝から…」
「時給になってるのは貴様だけって知ってたか?」
は?
どゆ事?
「でないと貴様絶対出勤しないだろうという藍染校長の計らいだ」
んな計らいいらんわーっ。
「しかし貴様は出勤だけして中身が伴わんから」
「ざけんな。仕事してるぜ。今日も…」
「?誰か生徒が来たのか?」
「いや、なんでもねぇ」
今日ここに黒崎が来てたのは…誰にも知られたくなかった。
俺がやましいことしようとしたとかいうのは別にして。
いつもより早く学校を出たからなんだか街の雰囲気が違う。
蝉が大合唱だ。まだ高い太陽は容赦なく暑い。
みるみる汗でシャツが背中に張り付く。
一杯ひっかけて帰るにはあまりにも早い時間で
だから俺はコンビニに寄って何か買って帰ることにした。
って酒ばっかだけどな。
店内をうろついていて文具が目についた。
そうだ。今日から日記つけるんだった。
よく覚えていたもんだと自分の優秀な頭脳に喝采を送りながら
さて、リングノートにするか大学ノートにするか手にとってペラペラ中を物色していたが、
やっぱり買わずにコンビニを出た。
日記なんてガラじゃねぇしな。
歩きながらタバコを咥える。
1日一本は学校の中でのルールだ。
しかし、火をつけるのがなんだか躊躇われて結局咥えていたタバコを捨ててしまった。
なんかチョーシが狂う。
チョーシ狂うといえばなんで俺はあのままやっちまわなかったんだろう?
千載一遇のチャンスじゃねぇか。
黒崎も(多分)拒みやしなかったろうし。
バージンを頂くってんならまた話は違ってくるだろうが
どうせアイツとさんざんやってんだ。
たまには相手変えてやったって…。
やったって…。
やっ…。
……。
「やれるかクソッタレ!!!」
俺がいきなりデカイ声を出したから往来にいたやつらが立ち止まって俺を見ていた。
ジロリとねめつけると遠巻きにあとずさる。
大人気ねぇ。まったく俺は何やってんだ。
ガキ一人にてこずって振り回されて俺ともあろうものが、
そこにお前が笑って居るだけで、
それだけで、
たったそれだけの事が、
めちゃくちゃに嬉しかったなんて、
どうかしてる。
世の中は質量保存の法則だかなんだか知らないが
とにかくプラスマイナスゼロだ。
俺が満たされようとすれば他からなにかを奪うもんだ。
奪わずに満たされることなんて、
そんなこと、そんな「 」みたいなこと、
落ちていた空のペットボトルを蹴飛ばす。
ベコっと鈍い音がした。
陽の高いうちから酔っぱらってるイカれた奴と思われたのか
俺の声に一瞬時を止めた往来は
俺を無視してまた流れだす。
何もなかったみたいに。
だからそんな「 」みたいなこと、有るわけねーだろが。
たまたまだ。たまにはそんな時もあるさ。
あの不機嫌でかわいくない黒崎が
泣いて笑ってするから
ちょっとペースを乱されただけだ。
次アイツがあの部屋に来たときは、きっちり。
哭いてもらおう。
今日は命拾いしたな黒崎。
俺の射程内に入って来て唇程度で済んだなんざお前がはじめてだぜ。
運のいいやつ。
けどよ。もうそんな奇跡はねーからな。覚悟しやがれ。
改めてタバコを取り出す。咥えて火をつけた。
「自分に嘘つくのは性分じゃねぇんだよ」
そう自分に言い聞かせるようにつぶやいて、
そうだその日のためにイメトレでもしとこうかと俺の脚はレンタルDVDの店の方に向かっていた。
それを喝采するように蝉が鳴いている。
やかましいわ…。
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あトがき(言い訳)