(2)
そしてまず俺らは教室の黒崎の机の中で遭難している
黒崎の携帯を救出すべく職員室にとって返し、
1‐5の鍵を持ち出してきた。
そして一歩間違えれば余命幾ばくかの寂しい携帯君を
危機一髪で救助し黒崎は俺に抱きついてきて
「ありがとう先生。おかげで携帯の命が助かりました」
と俺の頬にキスしてきた…
ってなったらいいなぁと思ってる俺と
なにを考えてるのか推し計り難い相変わらずのしかめっ面の黒崎は黙ったまま職員室に戻ってきた。
「ありがとうございます」
と抱きつきもキスも色気もない黒崎の礼の言葉を背に、
努めて教師の仮面の俺は職員室隅にある冷蔵庫を覗きこんで
「出してやる」と豪語した麦茶がないと言う事実に心から萎えまくっていた。
麦茶ねーじゃん!
麦茶出すという条件で黒崎を引き留めた以上
麦茶がなかったら黒崎すぐ帰ってしまうという悲観的推測以前に
俺が今メッチャ口が乾いていたので萎えた。
俺な。
いつも口開いてるから口ん中よく乾くんだよ。
その上気がついたらなにか喋ってるし。
だから水分補給はかなり大切なんだがこの職員室、
その水分が一滴もない。
誰が飲んだんだ麦茶。
昨日帰る前一杯ひっかけたときには2リットルのペットボトルに半分以上残ってたぞ。
あのあと俺が帰ってから残ってる誰かが飲んでしまったに違いない。
残業した奴らだ。
残業なんてキモいことすんのは東仙かウル川あたりしかいねーからあいつらが犯人だなと
せめて当人がいないかわりに俺の怒りを引き受けてもらおうと
東仙がいつも座っている教頭机にメンチビームを送ろうとした時、
俺の机の上に空のペットボトルがあるのが目に入った。
さっき飲んだんだった。俺が。
しかし教頭のくせに麦茶の補充もしやがらねぇ東仙の怠慢が
今の俺のピンチのそもそもの原因なので
東仙の机にはきっちりメンチビームを浴びてもらった。
しかしだからと言って麦茶がないと言う事実はゆるがないので
俺はおどけて
「悪ィ麦茶切らしてるんだ」
と素直に黒崎に言ったら黒崎は絶頂前にチン○抜かれたお嬢さんみたいな顔になっちゃった
…気がした。
そりゃそうだよな。
黒崎暑い中携帯取りに来てんだよ。
身体は水分という快楽を求めているはずだ。
そして俺が麦茶という絶頂を約束して置きながら
途中で放り出しちゃったみたいな感じにさせちゃったんだよな。
黒崎の身体は飢えてる。
悪い。
大人の男として最低のテクです俺。
こんな年端もいかないお前をじらしてしまいました。
じらすのはもう少しお互いこなれてからにしような。
「悪ィな。生徒指導室ならなんかあるんだが…もぉお前帰っていいよ」
後半はやけくそで言ってるに近い。
「じゃ、指導室いきます。説教は指導室でするもんでしょ?」
「あん?」
「つか、俺走ってきたから喉カラカラでなんか恵んでください」
なに?この展開?
これがほかの生徒なら水道の水でも飲んどけって言うんだが。
てか生徒指導室。
時々保護者も呼ぶから茶だのコーヒーだのソファだのクーラーだの、
揃ってんだよ。
そうなんだ。
俺も朝から職員室で汗だらだらしながら
ヤミ野の机眺めて余計に暑苦しくなる位なら
さっさとこっちに来てクーラーガンガンつけてソファで寝てりゃ良かったんだ。
ただしそうなると無意味に校内見回りなんかしてないだろうから
黒崎にも会わなかっただろうけどよ。
生徒指導室はむんむんムレムレに蒸れていた。
締め切って夏の日差しを浴びてんだから当たり前だ。
温暖化しまくってやがる。
まず俺が入ってクーラーのスイッチを入れ、
部屋の温度が下がるまで指導室前の廊下で黒崎と二人ボケッと立っていた。
口が乾いてたから喋る気にもなれず
することがない口に俺は無意識にポケットからタバコを出して咥えさせていた。
咥えたら火ぃ付けるのはセットだ。
うわっ。カサカサするわ。。口乾いてるとタバコはよけいに口の中カサカサさせる。
「校内すけど」
吸い込むのをためらってた煙が黒崎が唐突にきりこんできたので一気に口からぶわっと出てきた。
「一本だけな。中じゃ吸わねーよ」
匂いがつくから中じゃ吸うなって言われてるんだ。あのつく人ととのつく人にだ。
「1日一本の楽しみだ」
「親父は…年に一本すよ」
「そりゃよくできた親父さんだな。何月何日に吸うとか決めてるのかよ」
「6月18日って」
「なんでまた中途半端だな。正月とかクリスマスとかじゃないのかよ。禁煙記念日か?」
「そんなんじゃないけど」
「……?」
「でも俺親父がタバコ普通にガンガン吸ってた頃が懐かしい」
ふっと目線を宙に浮かせた黒崎の表情が妙にいつも以上に大人で
俺はなんて言っていいのか分からずに
下を向いて「そうか」とだけ言って残りのタバコをフカしていた。
部屋が冷えた頃合いをみて中に入った。
締め切った部屋の中それでも僅かに蝉の声は届く。
黒崎はキョロキョロあたりを見回している。
「あ〜お前ここ入るのはじめてか」
「はい。」
「オリコーサンだもんなぁお前」
指導監督の必要がないからここに呼び出す必要もないんだ。
俺としては呼び出したくてウズウズしてたんだがな。
つか、ここに来て俺はその事実に思い至って戦慄した。
今、呼び出して(ちょっと違うけど)るじゃんかよ。
しかも。
校内は俺と黒崎の二人っきり(監視員除ク)。
これは指導の範囲を超えた指導をしていいって事なのか?
そうなのか?(希望)
そうなんだな黒崎。(願望)
お前は俺に指導されたがってるのか?(切望)
ガチャリ。
うわ〜っ。なんてことするんだ俺の右手ぇ!
ドアに内側から鍵かけちゃいましたよ〜。
密室が出来上がっちゃいましたけどぉ!
背中ごしに黒崎を伺う。
施錠に気がついてねぇようだ。
あ〜ぁもうしめちゃったしな〜。
わざわざまた開けるのもおかしかねぇ〜か〜?
そういうことにしておこう。
なにもなかった風に次は冷蔵庫の中を覗いてみる。
なんか黒崎と目が合わせられないのは俺が後ろめたいことしてるみたいじゃねぇか。
鍵かけただけだよ!
それだってただ単に防犯の習慣でやっちゃうやつだっているだろう?
世の中には悪いやつ多いんだからよ!
しかし冷蔵庫!お前どうしたんだ?
いやしくも学校の設備だろうが貴様!
そこらへんの一般家庭の冷蔵庫とは違うんだよ自覚が足りねーぞコラァ。
なんでお前、発泡酒と酎ハイしか冷やしてねーんだ?
ここは教育現場だろうが!
あぁ?
そうだよ。
ここにコレ入れたのは俺だよ。
だけど冷蔵庫よ。
お前は生まれてから死ぬまで教育の現場の第一線にたつ冷蔵庫だろうが。
俺を律するくらいの気概を見せろよ。
不良教師がこっそりいれちゃったアルコールを
麦茶とかアイスコーヒーに変えるくらいのミラクル訳ないだろう?
かくなる上は俺がマジックを超えたマジックで…ってできるかンなもん!
仕方がないから俺はまたおどけるしかなかった。
「ワリィ黒崎。こんなんしかねーわ」
その時の黒崎。見せたかったぜ。
俺が手にとって見せた酎ハイの缶のラベルを確認したとたんに
綺麗な歯を見せて大笑いしやがった。
あの黒崎がだぜ。
しかめっつらの黒崎。
かわいくない黒崎。
その黒崎が応接セットのソファの背もたれに体重かけて腹かかえて笑ってやがる。
「ここ、学校でしょ?しかもグリさん、教師でしょ?」
「先生だって酒飲むぜ」
「だからって教師が生徒指導室…」
「悪いかよ」
「……」笑いすぎて息ができなくなってるようだ。
見たら目尻に涙まで光ってる。
あぁ。笑ってるよ。
歳相応によ。
かわいくない黒崎がかわいく笑ってるよ。
「悪かったな。勤務中には飲んでねぇからよ」
「指導ものですね」
「ショーコインメツすっからよ。手伝え。ジュースだジュース」
「俺未成年…」
「ジュースだっつってんだろ。
俺がジュースだっつーたからお前は仕方なく飲んだことにしとけ。
それとも麦のジュースとか米のジュースとか芋のジュースは飲めないクチか?」
「いけますけど」
「だろうがよ。建前なんだよ。何もかも。携帯も酒もタバコも。
人に迷惑かけなければよ」
「生徒指導の教師の言葉とは思えない」
「微温ィこと言ってんじゃねぇよ。建前っつったかってそれはそれなりの役目があんだよ。
建前も守れねぇやつが将来自分をセーブできるか?
と言えば出来ないと思うから俺は建前の番人やってんだ。
今のおまえらじゃねぇ。将来のお前らを守りてぇだけだ。
自分の弱さに負けるような大人になって欲しくねぇんだよ。俺みたいになっからよ」
口がカラカラなんで上手く喋りにくい。
なんか多分今、俺はらしくない事を言ってるような気がする。
「飲めよ。で涼んでたら抜けるだろ?そしたらコーヒーでも入れてやっから匂い誤魔化してけ」
「いただきます」
ニコリと笑って缶を受け取った黒崎は
そのまま缶酎ハイのCMに出れそうなくらい絵になる仕草でプルトップをあけて一気に煽った。
余程喉が渇いてたんだろう。
もう一本勧めると断りもしないで受け取った。
「つまみが欲しいです」
「ナマ言ってんじゃねぇよガキが」
「そのガキに酒飲ませてるし」
「ジュースだっつってんだろ」
俺も一気に煽る。
「しかし、お前が単品て珍しいな」
「?」
「ほら、いつもつるんでるだろ?ええと、あ、あば…」
「恋次ですか?阿散井恋次」
「あぁ、アバライ。なんか酔ったか俺?」
酔ってない。そもそも覚えてない。
出席番号2番てのは覚えているが。
1番は誰だったかな?浅田?浅野?浅利?まぁいいや。
「つるんでるって言うか」
「彼氏か?」
「そっそんなんじゃ…」
「隠さなくていいぜ。俺どっちもアリだから分かるし」
「……」
「今日はアバライとニコイチじゃねぇじゃん」
「恋次は今日は剣道道場の果たしあいがあるからって助っ人に引っ張りだされて」
「果たしあい〜?そんな熱い事件が今時あるのかよ」
「アイツの周りそういうのばっかで。
あいつのオナチューの連中て普段から木刀持ち歩くような人たちで」
「そりゃ無形文化財指定ものだな。うちに来て欲しかったなぁ」
話題のせいなのか酒が入ったせいなのか黒崎の表情は柔らかい。
っくしょお。
やっぱりツンデレじゃんかよ。
俺のセンサーはやっぱりビンゴだな。
しかし当たって欲しくない予想もビンゴだ。
アバライと黒崎。やはりただならぬ関係だったか。
むかつくわ〜アバライ。果たしあいで即死してくれね〜かな〜?
「じゃ、お前は今日は彼氏に置いてかれたんで一人で寂しく携帯取りに来たわけだ」
「別にいつもべったりって訳じゃないです。
なんか俺のこと恋次の附属品みたいに聞こえるんですけど」
「だってよ。実際そう見えるし」
あいつがでしゃばりすぎとも言えるが。
目立つんだよ。アイツ。燃えるような赤い髪してて。
声はでかいし態度もでかい。その上身体はイレズミだらけだ。
黒崎も目を見張るようなオレンジの髪なんだが
なんていうか、アバなんとかが目立つからその横でひっそりしてて目立たないんだな。
「つまり俺がいつも恋次の影に居て守られてる?」
「そんな感じだな。違うのか?」
「違うと…願いたいです」「…」
黒崎の表情はさっきの柔らかいものとは一変した。
だからといっていつもの不機嫌そうでもない。
きっと一点を見据える鋭い目つき。
これはこれでそそる。
「俺の名前って一つのものを護り通せるようにって意味らしいです」
「あぁ、そんな意味があるんだな」
「『先生』がさっきお前らの将来守りたいって言ったのすごくキました。
そういうやり方で守ることも出来るんだなって」
「あぁ、あれは」言葉の勢いだ。
「俺は今まで守りたいものを無傷で守りきったことがなくて」
「まぁ、お前の歳ならそれで当たり前なんじゃねぇの?」
「へ?」
黒崎の目は見る見る丸くなった。
「これから大人になんだからそうしたらちゃんと色々守れるようになるって」
「そうなんですか?」
「そういうもんだよ」
応接セットのソファにふんぞり返って俺は黒崎を見ないようにして続けた。
「俺だってお前らの将来守るってっけどよ。
実際守りきれてるかなんかわかりゃしないんだ。
いちーち守りきれたかとか追跡調査なんかやらないからな。
だけど守ってるって自分で自負があるからこうやってやってけるんだ。
実際全員なんて守れねぇよ。だけど何もしないよりはそりゃいいだろ?
大事なのはその気持ちだろうが」
またらしくない事を言ってしまったぜ。ていうか、なんかこの場の話題と微妙に内容がずれてる気もする。
ボロと照れ隠しについもう一本タバコを出して咥えてしまった。
「今日は特別な。勘弁してくれや」
と黒崎の方を見て俺は固まってしまった。
「ちょ、ちょ?黒崎?」
黒崎の大きく見開かれた目に。
涙?泣いてる?
やべぇ。
黒崎が泣いている。
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