(1)


テメぇら元気でやってるか?
俺はグリ八だ。
ほら1年5組の担任の。それから生徒指導室の。
思い出したか?
俺?俺はアレだ。今、夏休み中だよ。てか、「生徒が」夏休みなだけで俺は学校に来てるよ。
わけわからね〜。
教え導く生徒も生活の乱れを指導し矯正する生徒も学校にいないのに、
なんで俺、無意味に学校に常駐しとかなきゃいけない訳?
することねぇのよ。
まじ。
なのに藍染のやつ、「夏休み中は時給にしよう」とか言い出しやがった。
ちょ、ちょ、ちょっと待てよ。俺、夏のボーナスもなぜか半分カットされてんのよ。
その上夏の間は時給てどういうこと?ふざけんなよ藍染。
てか、時給制なのにほかのやつら来てないんですけど。
働けよ!
俺を見ろよ。
する事もねぇのにおりこうさんに出勤してんだぜ。
時給だから。

まぁそんなわけで誰もいない職員室に俺がひとり居る理由はわかったろうが。
俺だって帰りてーよ。することねぇもん。
俺の場合、教壇にたつ事と生徒指導することが仕事で
はっきり言って職員室のこの俺の机、実際いらねーだろうと思う。
座ってする仕事ねーもん。
ウル川とかヤミ野の野郎なんかはなんか机に向かってなんかしてるみたいだけどな。
つか体育のヤミ野よ。
あいつ体育しか教えてないのになんで机に向かってする事があんのよ。
しかもあのガタイ折り曲げて机に向かってる姿てなんかもう机が手籠めにされてる風にも見えるぜ。
ヤミ野よぉ、お前そんな趣味がぁ?
とボケーっと眺めるにはこの俺の机は絶好の場所かも知れないが、
別に肉弾教師と机の睦事を見ても嬉しくないしなぁ。
まぁ今日はヤミ野もいねーし。
つか居たら暑苦しいわ。でけーし。
しかし俺、どうしたらいいんだよ。
時給だし。
時間は誰も居なくてもタイムカードが計ってくれるんだが
帰りのタイムカード押すまで俺、ここに自主軟禁?
なにもしないで居ることがこんなに辛いなんて。
仕方ないから歩くことにしてみた。
なにも職員室に籠ってなきゃならないことはない。
ぶらぶら校内を歩くことにした。
まぁ、これは日課だ。
生徒がいる時はな。
校内を見て回って不良の芽を早期に摘むのが俺の使命だし。燃えてるし。
しかし生徒今いないし。ひとりで燃えても暑苦しいだけだし。
蝉だけが俺のことを「えらいえらい」と誉めそやしている。
やかましいわ。

そんなことをボケッと考えながら足は習慣でまず1‐5の教室に向かっていた。
当然誰もいないはずだが教室の前に人影があった。
あ〜?フシンシャですかぁ?
夏休みの学校来て教室の前ウロチョロしてるなんつーのは
女子の体操服狙いのフシンシャって相場決まってますぜ。
なっ。
あとは家にカレンダーがない可哀想なやつだ。今日が休みって知らないんだ。

「おぉい。今日はガッコねぇぞ」
声かけながら人影に近づいて、なんかもう俺、時給制にしてくれた藍染に感謝したくなってきた。
無意味に学校来て無意味に学校歩いてたら運命に出会いました。
と、俺は今日の日記に書こうと思う。
まぁ日記は今日からつけるつもりだが。
帰りに日記帳買うの忘れなければだが。
目を見張るようなオレンジ色の髪。
「黒崎ィ?」
人影は俺の受け持つ1‐5の出席番号5番、黒崎一護だった。
ここだけの話、俺はこいつ入学ん時から気にかけてる。
成績はいい。
素行も目立って悪くない。
だから問題なんてない生徒なんだが。
………。
…可愛いんだよ……。
どこがって、全部。
確かにこいついっつも不機嫌そうに眉間にしわ寄せてるんだが、
多分それが一番こいつにとって「普通に」してる顔なんだろう。
俺もよく職員会議で藍染に口しめろとか言われるんだが
口あけて歯見せてる顔が俺にとっては一番「なにもしてない」状態なわけで、
だから分かるんだ。無表情よりずっとよくねぇか?
無味乾燥の面して他人に無印象にされるより
たとえ不機嫌だの不真面目だの悪い印象でも評価を下されるほうが
「覚えてもらえない」よりずっとましなんだ。
そうは思わないか?

「あ。グリさん」
こいつのもうひとつの「クセ」なんだろうな。
教師を「先生」付けしない。
どういうつもりだかは知らねぇが
不機嫌な顔とこの物言いでほかの教師の黒崎への印象は「かわいくない」。
だからといって問題を起こしてる訳でもなし
髪の色も地毛だそうだから
これを染めろと言うのもほかの生徒には染めるなと言ってる手前おかしなことになるしで、
だから職員室で黒崎の話が出ると
皆一様に興味ないタレントの話題を振られたときのパーマ中の客みたいなリアクションするんだ。
※※※

「なにやってんだ?黒崎。今日から夏休みって小学校で習わなかったのかよ」
「休みは知ってます。忘れものして」
「なにを?」
「……。」
黙りやがった。
さては。
「ケータイか?」
「そうです」
「一応建前は携帯は持ってくるの禁止だが?」
一応建前な。
授業中は電源切るのと着メロさえ鳴らさなきゃ黙認にはなってるんだが。
去年卒業した3年の中で定期テスト中にメールで答え教えあったグループがいて
その教科終わった時点でメールやりとり云々以前に
携帯持ってたやつ全員零点とさせてもらったこともあったから生徒も自粛してるようだしな。

しかし面と向かって「学校に携帯持ってきてます」と言われたら注意はさせてもらわなきゃなるめぇ?
「わかってます。だから正門通らないで学校入ってきたんですけど」
あぁ、正門には監視員がいるからな。
理由いわないと学校の中に入れてくんないだろしな。
「おもっきしフシンシャじゃんよ黒崎。しかも」
「鍵、しまってますしね教室…」
上目使いで肩をそびやかして黒崎が。

笑った。

黒崎が。
笑ってる。

はじめて見たぞ。
入学以来ずっと見てるがこいつ学校で一度たりとも笑った顔なんて見せたこたねぇ。
それが。
笑ってやがるぜコンチクショーッ!
可愛過ぎる。
クラクラしてきた。
ずばり言おう。
俺の言う「黒崎って可愛い」てのは
教師と生徒間の「教える側と教えられる側」の相性のよさで言ってんじゃねぇんだ。
そうじゃなくてよ。
ずばり。
その。
アレだよ。
悪いか?
そうだよ。俺はこの黒崎を抱きたいと思ってますっ。
びっくりしたか?
俺が一番びっくりしたんだよ。
この俺が。
こんなガキにだ。
4月以来1‐5の担任になってからなんか
ティッシュの減りが早いなぁとか思ってたんだが
それが黒崎のせいだと自分で確信しちゃった時の俺の驚愕。
何度も自問したぜ。
しかし返ってくる自答は自分がガキ相手にフヌケになってることを再確認させるばかりで
俺はそん時3日ばかり学校休んだよ。
なんか情けねーし。
でもって黒崎の顔、まともに見れそうになかったし。
だけど俺ってこんなじゃん?
なるようになるわとか思ったんだよな。
ガキに惚れちゃいけねぇってことはないし
教師だから生徒に恋しちゃダメだって訳もねぇ。
それよりも自分に嘘つくのは性分じゃねぇんだよ。

「そ。閉まってんだな。残念だったな〜」
場所が場所だし。
俺は大人だし。
はじめて見る黒崎の笑顔に自制心がぶっとびそうになるのをかろうじてこらえて
俺は努めて教師の仮面を被りなおしていた。
「勝手に校内に侵入していいって夏のルールにはねぇしな」
「すみません」
「しかし、ケータイ君も40日もこんなとこで置きっぱされたら寂しいだろうしスタミナも切れちゃうだろし」
「……」
「鍵あけてやっから連れて帰ってやんな」
「…まじ、いいんすか?」
「まぁ、一応注意はさせてもらおうかな?つか、俺、職員室で一人でよ。退屈してんだよ」
「…?」
「見なかったことにしてやっから先生の説教でも聞き流していけよ。麦茶くらい出してやるから」

蝉が鳴いている。



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