なかなか返事がこないんでもしかして怒らせたのかと思っていたから
ようやく来た先生からのメールを開く前に少し躊躇った。
サブジェクトはいつも通り空欄だから余計だ。
「しつけぇぞ」とか書かれていたらそれこそこっちが今の先生みたいに3日ばかし学校休むかもしれない。
らしくもなくメールを乱発した自分の軽率さを呪いながらドキドキしてメールを開くと
「寝てた。メールスルーして悪い。月曜日には行ける。」
と、普段の先生を見てる人間には想像もつかないような
相変わらずのブッキラ感満載の本文が目に飛び込んできた。
少なくとも怒らせてたわけじゃないと安心した。
ダラメしないのはお互い様だけど先生のはそれにしても酷い。
はじめ電報かと思ったくらいだ。
もしかして先生はメールの送信は
一文字いくらで料金が決まるとか思ってるんじゃないかと心配してしまうくらいにそっけない。
普段の先生はどっちかというとよく喋るからこの落差はかなりキた。
その時も怒ってるのかと思ったっけ。
でもなんか聞けずにいて、でも実際次に会ったら普通だったんで、
あぁあれが先生のメールのスタイルなんだなとわかってから改めて見ると
的確に用件だけを少ない労力で伝えているのがなんだかかえって「大人」だなとか思ったんだ。
「ちゃんと食べてますか?」と打つ。送信する。
2分くらいして「食ってる」と返ってきた。
あぁ食べてないなと思った。
2分の間がそんな気にさせた。
先生の自宅の目星はついてる。
前に飯をおごって貰った店のすぐ裏のマンションの6階だと言ってて
あの店の周りに5階建て以上のマンションはそこしかなかったからかなり場所は絞れている。
行ってみようかと思っている。
ただしそれを先生が歓迎するかはわからない。
携帯から顔を上げて教壇を見る。
普段ならこの時間そこに立って鹿爪らしい顔で話をしている人物の姿はなくかわりに自習とだけ黒板に書かれている。
この時間、この教室の主となる
―否、この教室の実質的主のその人は今この携帯に今まで自宅で寝ていたことを告げてきた。
つまり、休みだ。
先生は水曜日から風邪で休んでいる。
恋次は鬼の霍乱とか言っていたがまぁそこまではいかないとしても晴天の霹靂とかは確かに思った。
「恋次」机の上に長い脚を載せて漫画を読んでいる恋次の傍に行く。
机は恋次の脚を載せているというよりも必死で恋次の脚を支えて踏ん張っているようにも見える。
「あ?」切長の瞼の下で赤い瞳が振り向く。
なんだかもったいぶってわざと時間をかけてこっちを向いたような気がした。
なるべくその目を丁寧に覗いてから「悪い、今日俺、フケる」と言った。
「今日って、じゃ映画行かねーのか?」
「だから、悪いって」
「ふぅん。じゃ、来週な」
恋次はニヤリと笑う。
なんでだよとか聞いてこないのは助かるが反対にお見通しされてる気もしてうしろめたい。
わかってんだろバックレるなよと詰め寄ることも出来ないから妙な緊張の中で変に気を使い変に疑心暗鬼になっている。
正直こういう関係は疲れるんだけどそれでもやめようと思わないのは、恋次が好きだからに他ならない。
気がついたら大切な人になってたというアレだ。
今日からお前を恋人にしますだからよろしくと始まった関係じゃない。
お互いにお互いを「恋人だ」と口にだして確認しあったことはないけど
一緒にいたら気分がよくて離れると寂しくていつもじゃれててたまにセックスやってりゃこれは間違いなく恋人同士だろう。
恋次が笑うと楽しいし恋次が怒ると悲しい。
恋次は大切で失いたくない恋人だ。
だけど。
その恋次にひとつだけ隠し事がある。
それがこの先生だ。
夏休み、恋次という恋人がいながら先生に告白してしまった。
衝動的にとかその場のノリでというのとは違う。
例えばだけど何かショールームに出かけたとする。
見るだけと言って。そこで色々見ていれば買う買わないは別にして
「お気に入り」ってのは出てくるはずだけど別に買いに行ってる訳じゃないから
それは「いいな」の感情程度で終わるはずだ。
値段なんか見てやっぱり高いななんて思いつつ誰がこんなの買う(買える)んだよとか、
でもその程度でそこは終わるはずだと思う。
でも、その「お気に入り」がもし手に入るかも知れない射程に入ったら?
例えが変だったかも知れない。
教師って人種はどうも好きになれない。
確かに知識があってそれを教授する職業だから知能は高いのかも知れない。
だけど知識の教授という本来の職務以外ではあまりその知能が発揮されてない人が多い気がする。
かなり感情的なものに支配されてるなという言動が鼻につく。
生意気だと言われるからいちいち取り沙汰しないけど悪いけどバカだ。
だからそういう人種に対して恋だとか好きだとか言う感情を持つ訳はなくて
だから先生も教師だからその一員に過ぎないはずなんだけど、先生は別だ。
先生を初めて見たのは入学式の時だ。
式は体育館ですと新入生保護者を集めて説明している校庭隅を髪の長い教師にこづかれて引っ張られてる生徒がいた。
ここの上級生だろうかとぼんやり見ていたがその生徒がまさか自分のクラスの担任だとは思いもしなかった。
スーツの上着を着ていないせいもあったがオーラも違った。
先生でござい教師でございというオーラがこの人には全くない。
だから自己紹介を聞くまでは本当にこの学校の上級生だと信じて疑わなかった。
確かに上から見下すような俺様な態度はするものの、
なにかどこかで醒めている
―これはたまたま俺が先生、お前らが生徒の配役のごっこ遊びだから適当にやって三年間過ごそうや―
と目が笑っている。
そういうところがあって先生を教師でなく、
先生―つまり先にこの世に生まれて先を生きている人物として「お気に入り」にしてしまった訳だけど、
だからといって即先生に恋をしたとか言うんじゃない。
つまりショールームのお気に入りだ。
見かけは生徒とみまごうくらいだし、
時折の言動は生徒以上に餓鬼っぽいところもあるけれど先生はやっぱり社会人で大人で。
学校という場所で同じ空気の中で居るものの立場や属している世界は違うはずで、
だから先生に恋したりとか、先生が生徒に対して持つ感情以上のものを持つなんてことはあり得ないとはじめから思っていたから
夏休みに入るまでは先生はやはり他の教師とはあきらかに違う存在であるものの、
ただそれだけでそれ以上の存在にはけしてならない
―手の届かない存在だから?―
はずだった。
憧れと恋は違う。
恋次とは申し分ないくらいに相性もいいし
学校にいけば「憧れ」の先生が担任だしその上生活指導も先生がやってたから
ちゃんとこの髪の色のことだってすんなり了解貰えてごちゃごちゃ言われることもなくて
ああこの学校に入ってこのクラスになって本当に良かったなぁと
まぁ不満は全くないわけでもなかったけど俗にいう「バラ色の学園生活」ってやつを嘔歌していた。
そして全く不満は無いわけではなかったけど順風に夏休みに突撃して順風に二学期もこんな感じで…と思っていたんだ。
でも夏休み初日。携帯を学校に置き忘れたことに気付いて取りに来て、先生に会ってしまった。
先生とは一対一で話をしたことがあまりない。
しかも夏休みで他に誰もいない。
二人きりで話してるって事になんだかドキドキしてしまったのを覚えている。
学校に携帯を持って来てはいけないことになっているが
あえて無罪放免で帰っていいという先生に思わず下手な芝居でくいついて「長居」を勝ち取った。
そのあと先生は何故か酒を振る舞ってくれてそれから色々話を聞いてくれた。
先生にとっては退屈しのぎに聞いてくれただけかも知れない。
けどこんな話わざわざ聞いてくれる人もいなくて実際聞いてくれて口に出してみて本当にすっきりした。
わずかにあった不満は消えた。
だけど悩みができた。
先生が―ショールームにあった憧れのものがもしかしたら手を伸ばせば届くものかも知れない
――憧れが、恋になった。
でも、ただ射程に入っただけだ。
手を伸ばして欲張るなお前には彼氏がいるだろとハネられる可能性は大だったし
それ以前にガキが何やってんだと歯牙にもかけて貰えないかもしれない。
そうしたら二学期から先生の顔が気不味くて見れなくなる。
わざわざ1学期の居心地のいい状況を壊してしまうのは確かに怖かったし、恋次のこともあった。
そうして悩んだ結果―ずるい決心をした。
先生に告ってしまえばそれは恋次に対して裏切ることになる。
だけど先生がそれをハネたなら実質裏切りにはならない。
なにはともあれ学校で気まずくとも恋次は残る。
そして先生が受け入れてくれるなら恋次を失っても先生が手にはいる。
半分当たって砕けろな気分になってはいたと思う。
加えてその時たまたま先生が辞表を持っていて、
結局それは先生が書いたものじゃなかったんだけどそれ見て完全にテンパって無茶苦茶な告りかたをやってしまった気がする。
そして今現在、恋次とも続けてられてるし先生とも生徒と教師の関係以上になれている。
二股だ。わかってる。でも、
どっちも好きなんだ。
悪いとは思う。思うけど…。
だからってどっちかにしろと言われても
例えば二人には失礼だけどどっちがいいかとかいうことになっても比べる次元が違い過ぎて
だから比べられないからどっちがいいと言えない。
結局それもずるさの言い訳にしかならないのはわかってる。
罪悪感。
ただ先生とは秘密を共有している。
先生は二股承知で答えてくれた。
もしかすると二股だから答えてくれたのかも知れないけど全部バレてる分、
気分的に楽といえば楽だ。だけどその「二股だから答えてくれたんじゃないか」というのがあって、
結局先生にとってこれは「生徒との恋愛ごっこ」なんじゃないかとそれが不安だ。
二股かけといてなにをいわんやと思われるかもしれないけど――。
先生のマンション(だと思う)は学校からそう遠くない。
早足であるけば20分くらいで着く。マンションの裏が飲食店になっている。
「よし、黒崎、キャビア食わせてやる」と引っ張られて入ったのがこの店だ。
キャビア=高価だという刷りこみは16のガキにもなされていることで
そんな高いものいいですと断ったのにいいからいいからと店のカウンターに座らされた。
店は15人入れば満席になるようなこじんまりとした居酒屋風で
とてもキャビアをだすような雰囲気ではなかったけど先生が
「ベルーガもセヴルーガもオシエトラもあるぞ。食い比べやってみるか?」
と店員が注文を取りにくるのも待たずにさっさと厨房の奥に向かって
「キャビア全部一人前づつ」とオーダーを投げ込んでしまった。
一人前づつといっても三種頼めば三人前になる。
実のところキャビアに「○人前」という言い方があるのかよくわからないが
とにかく実際食ったことがないから一人前とやらの値段も分からない。
だけど相当な値段になるだろうとおののいて
「先生俺、寿司とアイスでこんなご馳走になるつもりじゃ…」
と半分泣きそうになっていたら厨房から店主らしき親爺が出てきて器をばんと前に置き
「まずベルーガ600まんえ〜ん」と笑いながら宣言した。
とたんに先生もガハハと大笑いを始めて
「ほれ黒崎ベルーガだぞ。キュウリの上のゴミじゃねぇぞ」
と器を指差した。
見ればキュウリの薄切りが三枚のっかってるだけに見えた。
「?」
キャビアは?
食ったことはないがどんな姿のものかは知っている。
キャビアなんて乗っていない。
「よく見ろ、キュウリのゴミじゃねぇぞ」
あっ。キュウリの上に何か黒い粒…。
「キャビア12粒…一粒50円なりィ」
「いやいや50万円やで」
先生と店主がニヤニヤしてこっちを見ている。
誰も嘘なんかついてないけどいっぱい食わされた〜と言う気持ちになった。
先生が「悪い悪い、こういう店なんだ」とそこで初めて店のメニューを広げて見せてくれた。
いわゆるゲテもの屋というやつでメニューにはかえるだのわにだのだちょうだの
およそ飲食店のメニューよりも図鑑の目次にこそふさわしいような名前がズラリ載っていた。
「済まん済まん、ただお前びっくりさせたくてよ。なんなら店変えるぜ」
と先生が言ったけど
「いや、あとの二種類もまだ来てないし、ちょっと俺このわにってのどんなのか食ってみたいです」
と返事したら先生は歯をニカッと見せて「やっぱ男だよな」と満足気に笑った。
「女と来ると絶対イヤーンきもーいとか言うんだよな。
男はマザコンだからお袋の味至上主義で味覚の開拓しねぇとかバカにするくせに
テメーはこういうの見た目で食わねーんだ」
テメーって誰なんだろうと気になったが
「そうなんですか」と相槌をうつ。
「飯食うのは男とだよ。鍋もな」
じゃあ女がいい時ってのも先生にはあるのかとふっと思った。
それから先生はメニューにあるものをサクサクと注文していき
「飲むな?飲むよな」と人の返事も待たないでさっさと酎ハイをふたつ頼んで澄ましていた。
「あの、俺未成年…」と小声で言うと「え?生酎のほうが良かった?」ととぼける。
「だから…」とゴニョゴニョしてると
「大丈夫お前身体はしっかり成人してるから」
と聞きようによってはすごくエロいことをシレっと言ったから
それからせっかくのキャビアもわにもへびもだちょうもこうもりもすっかり味がわからなくなってしまった。
ついでに話の途中にナニゲに聞いた先生の自宅がこの店のすぐ裏って事実も気分を変な方向に持っていく。
先生は「変なとこには連れてかないし門限まで返す」と言っていたけど
すでにこの店が変だし、先生の自宅なら別に変なとこじゃないだろう。
門限だって実際ないから先生には○時までとか言っていない。
確かに飯食うだけの今回の約束に色気がないとチャチャは入れたけど。まさか…?
結局何を食ったか何を喋ったか朧なままに店を出て
それじゃ俺んち近いけど寄ってくかとか言う言葉を期待していたら先生はずんずん歩いて行く。
ついていくと学校の近くまで戻ってきた。
そしていきなり頭をくしゃくしゃとやってきて「じゃなー」とそのままもと来た道に踵を返してしまった。
正直あっけにとられた…。
いや、この場合変に期待してた自分が勝手に肩透かしをくらっただけなんだけど…。
その後夏休みの間何度か生徒指導室に「押し掛けた」けど他愛もない話をして帰ってくるだけだった。
行けば先生は笑顔で迎えてはくれるがあの時みたいに…抱いてはくれなかった。
そして夏休みが終わり新学期が始まった。
先生はいつも通り教壇に立っている。
恋次もこれまたいつも通りだ。
もしかして夏休みのあれは夢だったんじゃないかと錯覚しそうになる。
ただ携帯の中の先生のアドレスだけがあれは夢じゃないと確認させてくれる。
だけどだからといって液晶の中の文字の羅列を見ていれば魔法のランプのように先生が目の前に出てくる訳じゃない。
この文字の羅列を知っているだけでは先生を独占することは出来ないんだ。
それでもこの呪文を使って先生にメールをすれば
タイミングがずれたり電報のような内容であったとしても必ず返信をくれるから学校が始まってからというもの、
この携帯の液晶空間の中が先生との密会の場所になっていた。
店の裏のマンションは幸い入り口がオートロックではなく薄暗いエントランスを伺うと郵便受けがズラリと並んでいた。
ここに先生の名字があれば先生の部屋は6階の何号室かがわかる。
いきなり玄関先でピンポン鳴らしたら先生はびっくりするだろうか?
それともやっぱり先に今から行くって連絡入れたほうがいいんだろうか?
考えながら郵便受けの名前を探す。
…ない。
というかかなりの部屋が郵便受けに名前を書いていない。
6階を表す600番台の部屋も9軒あるうち名前を記載している部屋はわずかに2軒だけだった。
あとの7軒のうちのどれかが先生の部屋だろうが絞ることは出来ない。
やはり先生に連絡を入れないと部屋にたどり着くことも出来ない。
しかしなんと言おう。
考えてなかった。
ここはもう「来ちゃったんですけど」とカワイクやっとくか。
先生の事に関しては「当たって砕けて」悪い目が出たことはない。
先生が大人ってことにも助けられてはいるが。
メールを打つ。
「今、先生のマンションの下です。来ちゃいました」
送信する。
送信したあとでドキドキしはじめた。
来ちゃいましたって…何の目的で?
バレバレじゃないか。
いや、違うって、ただ先生の顔みたらすぐ帰るし…
あっ、何か食うもん調達して、先生はまだ病み上がりだから色々お使いとか
…そうそう一人暮らしはきっと大変だから…。
そういうことだから来たんだよ。
なにか手伝えないかって。
だから断じて変な目的で来た訳じゃないから。
大急ぎで「言い訳」を武装していく。
やましくないやましくない。
今日は生徒として…。
そうして5分程経った。
メールの返信が、来ない。
また寝てるんだろうか?
先生は普段でもよく眠っている。
寝てるのなら起こしちゃ悪いなと思いながらも電話にしてみようかと考えた。
というか今先生に会うなら先生自身を叩き起こすしかない。
せっかくここまで来たのに…いやいや先生が寝てるってことはやっぱりまだ風邪がよくないんだ。
手伝いに来たと言っても伏せってる先生を起こすってのはかえって先生に迷惑じゃないか?
やっぱりドッキリ風訪問じゃなくて学校を出る前に行くと連絡しておいたほうが良かったか…
いや、そうしたら先生は来なくていいと言うはずだ。
だから「もう来てます」と押し掛けて来たんだ。
だって先生の顔、火曜日から見てない。
今日は金曜日で明日明後日と学校はないから月曜日まで先生に会えないんだ。
やだよ。
先生に会いたいから、
だから来たんだよ。
発信ボタンを押す。
呼び出し音が鳴る。
先生に電話するのは初めてだ。
確か先生朝は電話するなと言ってたな。
機嫌が悪いからって。
それって寝起きが悪いって事?
だったら今電話して先生寝てたら…?
まずい。
思わず切りそうになったが呼び出し音が途切れたのが聞こえて固まってしまった。
先生だ。
「ごめんなさい、寝て…」
「留守番電話サービスにお繋ぎします…発信音のあとに…」
思わず切ってしまった。
留守?先生の不機嫌な声を聞かなくて安堵はしたものの
なんで出ないんだよという小さな憤りが瞬時に湧いた。
しかしそれもすぐに収まった。
メールの返事もない、電話も出ない。
事実上音信不通で先生の案内がないとこれ以上は先生に近付けない現状は憤りよりも情けなさが湧いた。
憤るのは約束しててこんな状況になった場合だ。
勝手に押し掛けといて憤りもくそもない。ただただ情けなかった。
内心このサプライズに先生が喜んでくれるかなとか言う自惚れがなかった訳じゃない。
いや喜んでくれるに違いないと根拠のない自信があった。
なんでそう思ったんだろう?
自信があったから余計に今情けなかった。
エントランスの段差に腰を下ろす。
もう今日はメールするつもりもましてや電話するつもりも失せきってしまったから
ここに居たってもう今日は…月曜日まで先生に会えないけど立ってる気ももげて座りこんでしまった。
「当たって砕けて」初めて撃沈した。
なんかバカらしくなってきた。
さっきまでの高揚の揺り返しがきつい。
恋人気取りで舞い上がってただとか
やっぱり二股のガキはただの性欲処理でしかないとか
いきなりマイナス思考のドツボにはまってしまいついには視界がにじみだしてきた。
目尻が寒い。
ついでに肩も寒くなってきた。
秋は日暮れ近くなると途端に寒くなる。
エントランスに灯りがついた。
ふいに携帯が鳴った。
メールじゃない電話だ。
発信者を見た。
どきりとする。
通話ボタンを押す。
「先生?」
「悪い、風呂入ってた」
「え?」
「来るなら来るって先に言え。…で、今どこだ?」
電話器を通して聞く先生の声は、
「あ…あの…マンションの下」
「606だ。上がってこい。話はあとだ」
顔が見えない分余計に大人だ。
エントランス脇にあるエレベーターに乗り「6」を押す。
箱が上昇する間に目尻を拭った。
箱が止まる。
ドアが開くと誰かがエレベーターホールに立っていた。
背の高いその人物と目が合う。
ああ、この顔が見たくて今日は授業も映画も恋人もキャンセルして来たんだ。
「先生…」
「ご苦労さん」
ずっと下にいたのかと聞かれて部屋番号がわからなくてと
下をむいて答えたら、階がわかってんなら上がって表札探せばいいによと言われた。
たしかにその通りだ。
先生はお前らしくもねぇと言ったが
いや、らしいかも。。と言い直した。
>>>>
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