世界の色(後編)
しばらく眠る一護を乗せて呆けていたが肌寒さに正気づく。
障子は開け放したままだから夜風は入り放題だ。
俺は一護を上に乗せているからそうでもないが一護は遮るものがないからかなり寒いはずだ。
触ってみれば先程はあれだけ火照っていた身体が今はひんやりを通り越してどきりとするほど冷たい。
そろそろと身体を起こす。
肩に乗っかっている一護の頭はがくりと重く熟睡しているのがわかった。
ひとまず一護を床に下ろそうとしたが、冷えた畳の上にそのまま転がすのは気がひけた。
一護を抱えたまま後ろ手で上体を起こし暗がりの中手探りで周囲の畳に手を這わす。
右の前方に触るものがあった。脱ぎ捨てた俺の上着だろう。
それを手繰りよせて一護をくるむ。そうして一護の身体をずらし畳の上に横たえた。
布団でも出してやるべきだろうなと考えしかしこう暗くては勝手知ったる我が家でもどこになにがあるのか判別は難しい。
しかも勝手知ったる…じゃない。
主が留守がちの我が家は普段の不義理に抗議するかのように容易には目的のものがどこにあるのか教えてくれない。
我が家でありながら俺は実際この家の押し入れの場所すら覚えていない。
明るければ探しやすいがどうしたことか今夜は星灯りさえない。
夕陽の輝きはしばらくは天気の崩れはないことを保証していたはずなのに。
この夜はしっとりと暗い。
布団もそしてそれを探すための光源も諦める。
周囲の畳に手をやりかなり離れたところにもう一枚上着を探しあてる。
多分こっちが一護のだろう。俺のは一護をくるんでいる。
取り替えようかと思ったがまた一護からひっぺがすのは可哀想だ。
一護の上着に腕を通して袖が短いのに気がついた。
姿勢がいいのと気迫で大きく感じるが一護は俺よりかなり小さいのだ。そう思うと愛しさが増す。
今何時くらいだろう?
陽が沈むあたりから抱きあって終えた時にはとっぷり暗くなっていた。
それから半時くらいだと思うからまだ夜半には早い。
普段なら隊舎のほうで他の隊士と飯でも食ってる時間だ。そう思ったら腹が減ってきた。
しかし…暗い。一人なら暗くとも外に出て隊舎に向かうが眠る一護を置いてはそうもいかない。
行って飯食いました。
その間に一護が目ぇさましました。
あっ恋次がいないっっ!あんのヤロやり逃げかよっ
…とならない保証はどこにもない。
だからここで何か食うのが一番だが、再三言うが暗い。
くわえて至極当然だがここには食い物なんて置いてはいない。
我が家のくせに勝手知り得ぬ部屋。ひとつも棲みかとしての機能を持た(せて貰え?)ないただの匣。
ああもうめんどくせぇっ。寝るわ。寝るぜ。寝てやるぜ。
空きっ腹と一護抱っこしてオネンネさせていただきますっ。
最後の夜だしな。
明日お前は――帰っちゃうんだよな。
そう考えたらこの瞬間が惜しい。暗がりの中で一護を探す。
指先に柔らかい髪が触れた。
ほっとした。
触れる前の一瞬、もしかして居なくなってんじゃないかと思ったから。
居る。存在(い)る。存在てくれる。ここに。俺の前に。
――会えて良かった。
うとうと覚めたら目の前が葬式だった。
厳密に言うと違う。
鯨幕のような横断歩道ではなくもっとデコラティブな――強いていえばラーメン鉢の模様のような。
そんな黒いラインが目の前にあった。
つか、身体が痛い。とくに腰と…
そこで一気に目が覚めた。
眠る前の記憶が一気に甦ってきた。
いや、夢かもしれない。つか、夢ならなんつー夢見たんだ俺。恋次が。俺に。俺が。恋次に。
…ケツが痛い。
夢じゃない。
というか目の前の鯨幕(違)。首をよじって見上げると赤い髪が見えた。
顔が見えないのはほどいた髪が顔を隠しているせいだ。
そこに恋次は寝ていて、俺はその恋次に抱えられるようにして寝ていた。
俺の身体は死覇装にくるまれていて俺は被った記憶がないからこれは恋次がかけてくれたんだろう。
言うまでもなく鯨幕(違)は恋次のはだけた胸の刺青だった。
無意識に手が伸びていて黒いラインの縁をなぞってみる。
恋次の寝息に合わせてラインが上下するのがなぜか面白くてしばらくぼぉっと見ていた。
そういえば昨日恋次に抱かれたはずなのにこの刺青の記憶がないのはなんでだろう?
途中あんまり恥ずかしくて顔を隠してしまったせいだろうか?
記憶が曖昧だ。
はっきり覚えているのは恋次の俺に触れている部分から生まれた感覚
――ソレハ痛ミトモ快感トモ――だけだった。
「恋次」なんの積もりで名を囁いたのかはわからない。
ただ無性に唇がその名を囁きたがったとしか。
返事はない。まだ眠っているのか。
恋次が起きないことが少し俺を大胆にさせた。
身体を上にずらして恋次の顔を伺う。顔を隠している髪をかきわけて覗きこむ。
パーツを全て鋭利な刃物で削いで仕上げたような
シャープな顔立ちが赤い髪の間から見える感じは壮絶と言っていい色気がある。
前から気になっていた眉の刺青をしげしげ観察してやった。
ここで眉から刺青にきりかわってんだな。
つか額はどうなってんだろ?とさらに髪をかきわけてると恋次の眉がぴくりと動いた。
どきっとして手をすっこめると今度は俺の身体の上に乗っかってる右手にガッと力が入る。動けない。
見ると恋次の口元がニヤッと笑った。次いで切長の目が開き悪戯な赤い瞳が俺を捕らえた。
「なにジロジロ見てやがんだ?」
「恋次、テメ、起きてたのかよ」
「お前が起こしてくれたんじゃねーか?俺の名前呼んでよ」
あんな小さな声で起きるのか?
「さすが副隊長…だな」
お世辞でも嫌味でもなく素直に感想を言った。
「どォも」
恋次も素直に返してきた。
普通ならテメーには出来ねー芸当だろとか余計なワサビがついてくるはずだが。
…だから後が続かない。
黙って上目使いで顔を伺う。恋次の右手は俺の腰に回されたまま。
恋次は眩しいものでも見るように目を細めて俺を見ている。
視線が絡まる。
疼くのは昨夜恋次を受け入れた箇所だけではなかった。
もっと違う所も。
恋次に見せつけるようにあえてゆっくり目を閉じる。
合図はすぐに伝わった。
唇が重なってくる。恋次も身体を起こして重なってきた。
長い髪が俺の頬をくすぐる。
身体はまだ痛むけどもう一度抱かれていいと思った。
だって俺は今日帰るんだから。
背中に手をまわして指先に力を込める。
これも伝わったはず…
だけど唇を離した恋次は不味いものでも食ったみたいな顔になった。
もしかしてギックリ腰?それとも俺、何か恋次の気に触る事でも?
「悪ィ一護…俺腹減って動けねェ…つーか実は俺腹減り過ぎて一睡も出来なくてよ」
前言撤回。なにが副隊長だ…。
―― 一護は夕方現世に帰って行った。
朝あれから隊舎に行き飯を食っていたら一護の連れのメガネのやつが昨夜は何処に行っていた探したぞとか吐かすから
俺ん家に招待してたんだ悪いかと口を挟んでやった。
そうしたら少しムッとした様子でべつにずれてもいないメガネの真ン中に中指を押し当てもちあげつつ
いつ何時でも所在は明らかにしてくれたまえとかお吐かしあそばされていやがった。。
お前は一護のおふくろか?
お前のセガレはゆーべ俺のセガレ咥えてましたとか言ってやろうかと思ったが
言ったらエライことになるのは目に見えていたので控えた。
それから俺はまだ加療中の朽木隊長に呼ばれて席を立ち、
一護も松本たちに絡まれて(?)いたので結局昼飯時には会えず次に会ったのは見送りの場だった。
一護はルキアと話をしていて俺の方を見もしない。
こっち見ろ!タンポポ頭!そう考えてる俺の面はまわりには不機嫌極まりないものに映っただろう。
当然一護にも。
ふいに「恋次」と名前を呼ばれて顔をあげると一護はニヤッと笑った。
そして見せつけるようにゆっくりとまばたきをする。
お返しにペロっと舌を出して笑ってやった。
そこで俺は「愛してる」って言うのを忘れたことに気がついた。
まぁ…いいか。次に会った時に言うさ。
それはそう遠い日の話じゃない――そんな気がした。
その後自宅に直帰してやった。
多分隊長が加療中だから俺が隊長の代わりにやんなきゃならねーことがあるんだろうけど、
今日はそんな気分じゃなかった。
なんか家に帰りたかった。
一護と過ごした場所で一護の残り香を…とかいう変態趣味はないが部屋が気になった。
一護が居るとあんだけ華やかに見えた部屋は一護抜きで見るとどうなんだろうかと。
自宅に上がると部屋は無言で俺を「拒絶」していた。
やはり無彩色の殺風景な部屋に戻っていた。
見送りの時には感じなかった喪失感みたいなものが飛来する。
部屋が寂しいと言っている気もした。
いや寂しいのは俺だ。
次に会える確信はあるのに。
埋められない埋められない。
一護が存在(い)た場所なのに
一護を染めて
一護に染められた場所なのに、
どうしてここはこんなに色褪せてるんだ?
即ち世界には色がある。
なのにここには色がない。
無性に苛ついてきた。
頭をバリバリ掻き毟る。結わえていた髪がばらけて顔にかかる。
赤い髪。
いつも血のようだの不吉だのと言われて俺自身もあえてこの髪が視界に入らないように結わえていた。
だが一護は綺麗な色だと言ってくれたな。
でもこんな色じゃない。俺が欲しいのは。
俺は世界をきたならしい血の色にはしたくないんだ。もっとあっかたい色で染めたいんだ。
無彩色の部屋を眺める。
調度もなにもないから余計に寒寒しい。
霊術院時代の時に使っていた浅打だけがたてかけてある床の間のあたりは特に廃虚にさえ見える。
せめて壷とか掛軸とかあれば床の間らしくなるだろうに…
そこで俺は明日になったら流魂街に掛軸を買いに行こうと決めた。
日溜まりを描いた掛軸なんかないだろうから夕焼けかなんかのやつ。
そう考えると気分がよくなってきた。
俺は難しいことはわからねぇが多分日常に色を付けるってことはこういうことなのかも知れない。
今日なにかしよう、明日これをしようとか考える事その行為が。
俺は昨日、一護をここに連れ込…招待しようと考えたわけでそれが俺の日常に色を付けた。
今日はなにもしたくなかったから日常の色が褪せた。
ただそれだけだったんじゃないか?
これが正解だとは思わないが俺にしてはよくできた考えだったので俺は非常に満足した。
それくらいの色を付けることなら――霊を統べる俺たちにだって許されていいことじゃないのか。
それから畳の上に大の字に寝そべる。
薄暗い天井を眺めながら、そしてこの家の為にも何かしてやろうかという気分になった。
そうすればここも少しは俺を歓迎してくれるかも知れない。
とりあえず明日は夕焼け色の掛軸を買おう。
一護の日溜まりの色に俺の色を足したら丁度あんな色じゃないかと貧困ながら想像をめぐらす。
そしてもしかしたら世界の始まりの色ってああいう色だったのかもしれないなとか考えているうちに俺は眠っていた。
(終)
■後書き言い訳■
なんかいろいろすみません。
というか、世界の色というタイトルは
BLANKY JET CITY の「綺麗な首飾り」という歌の冒頭の歌詞からです。
「夕焼けの色が本当の世界の色だとしたら 全ての小さな子どもたちにいますぐそのことを
伝えなくちゃいけないだろう 誰よりも先に 暮れてゆくあの空が夜に消えてゆく前に」
しかし私には障害があって「夕焼けの色」とかいうものが見えません。
この話に出てくるべりたんの日溜りの色はなんとか見えてわかるのですが、恋次くんの赤い色、
そしてこのふたつの色を混ぜ合わせた「世界の始まり」の色は
私にはわかりません。だから想像です。
まぁ〜。お話なんてほとんどが想像の世界だからして〜。
しかし中編のエロはもうオヤジかっていうくらいねちこくなってしまいました。
頭ん中でくんずほぐれつしてる恋次くんとべりたんをなるべくはしょらないでボキャのゆるす限りあますところなく書いたらこんなんになりました。
「含み」はない文章になりましたがモザイクも少ない文章になったかとは思います。
まずはじめに読んでくれた友だちに感謝。
そしてさいごまで読んでくださった方にも感謝をささげます。
07/05/18 天國海軍