Circle Rainbow 【1】

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しーんとして物理Uのプリントを睨んでたのにいきなり
「黒崎サン15日って予定あけられます?」
って突拍子もなく訊いてくるもんだから、思わず食いかけてたわらび餅がのどに噎えるところだった。
やっべ。行儀悪ぃよな。咳き込むのをこらえてたら涙目になる。
ぼやけた視界に差し出された湯のみが見えた。

「スミマセンいきなりしゃべったんでびっくりさせちゃいましたね」
お茶を受け取る。

「背中、さすりましょうか?」
心配もしてくれてるんだろうけど人が苦しんでるのに主はなにかどこかご機嫌である。
まぁ行儀悪ぃやつとか思われてないみたいだからいいか。

「平気…」
それだけ言って一口飲む。
少し喉の奥に小さい餅のかけらが引っかかっているような気がしたけど先ほどの話の内容のほうが気になった。

だって。
「15日って今月の?なにかあんの?」

その日付への思い入れを気取られないように出来るだけそっけなく言い放つ。
胸がドキドキするのはさっき噎せたせいだから。
まさか…もしかしたら…と期待もしたがいやまて知らないんじゃないかって思ったし。
言ったことないし訊かれたこともない。

15日が…誕生日だなんて。


部屋の主は自分の分の茶をすすり、
そして円卓に広げられているプリントにまた手を伸ばし目を落としながら言った。ぽりぽりと顎を掻く。

「15日台風上陸らしいっスね」

台風?

「あんまり大きくないみたいですが」

ほらやっぱり。知らないんだ。
期待してなかったわけじゃない。
誕生日を訊いて来なくてもこの人は俺が生まれる前からの親父の知り合いらしいし。
でもだからって俺が生まれた日付までこの人が覚えてるかどうかはまた違う話だよな。
俺だって従姉が結婚して子どもが生まれたって話は聞き知ってるけどその子の生まれた正確な日付なんて覚えていない。

「15日ってお盆なんで」
「えっ?8月じゃないのに?」

「やだなぁ違いますよ。あれは旧暦の8月15日を新暦に日付だけスライドさせた日で時期的に正しいのは7月15日です。まぁ」

盂蘭盆がその1ヶ月後だから8月15日がお盆てのも間違いではないですと続けながらも
手にした電磁波がどうのこうの書いたプリントから目を離さない。

それは俺の宿題だ。

この人は本当に頭がいい。
その頭脳を支えているのがこの知的探求心なんだってここ最近知った。
以前俺の部屋に来たとき、ちょうど広げていた宿題に興味を持って以来、
茶菓子をだすから宿題のある日は学校帰りにうちでやれ、いや、やってほしいと言ってきた。
そうこう通ううちにいつの間にか鞄の中の教科書も全て読破されてしまっていた。
とくに物理が面白いらしい。
このクソ難解な問題の羅列が。
こちらとしても…ただ分厚いだけの参考書よりも優秀な講師にワンツーマンで宿題を見てもらえることもだが、
やれ遊子に頼まれただの夏梨の野球チームのメンバーに配るだの
なんのかんのと理由をでっち上げて駄菓子ばかり買いにここに来るのは無理すぎて限界があったから…
その申し出は実のところ俺にとっても渡りに舟だった。

そこんとこわかってんのか?
わかってないんだろな。
頭いいくせに。

「でね。あっちにもこっちで言うお盆ぽいのがあるんすよ」

あっちって…この人が言うあっちってやっぱり尸魂界か。
そうか。
あるのか。
尸魂界にもお盆があるのか。
恋次や白哉が浴衣着て盆踊りしてるのをぼんやりと想像してしまった。

「まぁ皆さんが思ってるお盆みたいに先祖の魂が帰ってくる…なんてのはありません。
 お盆だからってあっちとこっちは魂の数が均衡に保たれてないと。先祖だろうが何だろうが勝手にこっちに来られたら困ります」

そう言いながらプリントを見ていたが、

「でも、虚圏は違いまして」

と言ってからふいにプリントから目をあげた。
ばっちり目が合った。
綺麗な色の虹彩はいつも半目がち。
まるで瞳のなか全てを覗かれるのを避けているみたいに。
なのにまっすぐに見つめてくる。

「この時期になると黒腔がね。
 ちょっと薄くなるというか磁場が狂うんで…いろいろ現世に来ちゃうんですよ」
「破面?」
「いやいや、ちいさい虚です。ちいさいし霊力もあまりないから黒腔の磁場に負けて引きずられてこっちにはじき出されちゃうんですね。
 こっちのほうが霊子の濃度圧倒的に低いんで。で結果的に世間で言うお盆の里帰りみたいになっちゃうんです。先祖とは違いますが」
「そう…なんだ」

合った目を慌ててそらしたのは俺。
見えないものが見えているような妖しい目の光。
そういえば光も電磁波だ。
いやな予感がする。

「だから15日あたりって虚の迷子が多いんですよ」
だよな。

「で、15日当日ばっちり台風ですし迷子の迷子の虚さん帰れないじゃないすか。
 で、こっち霊子濃度低いんで虚もお腹が空く、と。人襲うかも知れませんしねぇ」
ハイハイ。
皆まで言わなくて…いいよ。

「で、黒崎サン、ちょっと手伝ってくれませんかね〜なんて。ダメでしょうかね?」
下手(したて)なのになんでこの人のお願いはいつもこう磁場が凄いんだろう。

逃げ出せない。
断れるわけ…ない。
でも、ほんとは
逃げ出さないし断らないのは俺なんだけど。

喉の噎えが取れない。

*:.。..。.:+・゚・*:.。..。.:+・゚・*:.。..。.:+・゚・*:.。..。.:+・゚・*:.。..。.


なるほど数日前から東よりの風が強くなってきて台風近づいてんだなって思った。
15日前日になるといよいよ風は湿って生ぬるく
比較的晴れが多かった今年の梅雨の帳尻を合わすつもりなのかバケツをひっくり返したみたいな雨。

けれど台所では遊子が張り切っている。
明日の俺の誕生日のケーキを作るからその準備だって。

迷子の虚の件があるから…とは言えずちょっと友だちと遊びに出掛けるんで帰り遅れるかも知れないと言うと妹はちょっと残念そうな顔をしたが、
すぐに「なるべく早く帰ってきてね」と言い台風だしとも付け加えてきた。

いやいや台風だから…早く帰れないんだ。


うそがうまくなったのはあの人のせい。
優しいうそばかりつくあの人から…学んだこと。



当日(つまり俺の誕生日でもあんまり関係ない)。
あまりの暴風雨にひいたが意を決して家を出る。
アスファルトの上を雨粒が跳ねて踊り狂う中を駄菓子屋に向かった。
傘をさしていてもズボンの膝から下は濡れて完全に色が変わっていた。
靴の中にも水は入って歩くたびにがっぽがっぽ音がする。
ただでさえ色々引っかかっている誕生日(あんまり関係ないけど)なのに憂鬱すぎる。

ガキんときはこんなアクシデントも楽しめたのに。
むしろ水たまりがあったら喜々として突っ込むようなやつだった。
お気に入りの長靴お気に入りの合羽で、
完全装備の俺に怖いものはなかった。
わざと大きく足踏みして水がバシャバシャ跳ねるのをおふくろに得意げに見せていた。
けれど今じゃ濡れた裾の水を含んだ靴の重さと不快さが煩わしくてしょうがない。
お気に入りの長靴お気に入りの合羽の完全装備も、今はもう小さくて。
どれだけ大きく水を跳ね上げても「すごいね」と言ってくれる人も居ない。


駄菓子屋に着くと主はこの雨だというのに店の戸口を開けて待っていてくれた。
いつもと変わらない掴みどころのない笑顔で。
見えてないものが見えているような目で。

この笑顔を見ると安心するのに胸に喉になにか噎えた気になるのはなぜだろう。
噎えたなにかはきゅうきゅうと体の内側から圧をかけてくる。心地いい強さで。
だけど苦しい。

「わざわざありがとうございます黒崎サン」
差し出されたタオルで手や腕の雨は拭けたが、この膝から下は無理だった。
びしょ濡れの生地が脚に貼りついて気持ちが悪い。
それにTシャツも濡れてはいないもののなんか湿り気を帯びて雨臭い。

そのままあがれと促されたものの、さすがにそれは遠慮して靴下だけは脱いだ。
けれどジーンズの裾はどうしようか。
板張りの床を濡らさないように引っ張り上げながら廊下を行くといつもの和室とは違う廊下奥にまっすぐ進めと言われた。

「?」
「死神化してる間は黒崎サンの体放置ですからね〜冷えて風邪引いちゃ困りますもんね」

奥の突き当たりは風呂の脱衣所だった。
入り口で立ち尽くす。

「え?風呂?え?入るの?」
「着替えて貰おうと思ってるんですが…良かったら入ります?」

背にした声には距離感があったからきっと主は廊下の真ん中あたりにいるはず。
と思ってた。

けれど次の声は耳元で囁かれた。

「一緒に」

いっしょの「しょ」のときに息が抜ける音まで聞こえた。
真後ろ?
唐突に耳元で声が聞こえたことにびっくりしてうわぁぁっと声が出そうになった。
でもその途中でその声が囁いた言葉の意味を理解してしまったから今度は息を飲んでしまい、
行き場を失った「うわぁぁっ」は喉の変なとこに引っかかって「んぐ」みたいな音が漏れた。
それも聞かれないように手で口を押さえてやっと落ち着けた。
と言っても顔は真っ赤になっているに違いない。

すぐ真後ろに居る声の主に顔を見られないように目線だけ動かす。
けどどんだけ目を端っこに寄せても映るは俺の肩ばかり。
というか気配すらない。
顔の火照りも収まってきたので意を決して体ごと振り返った。

いない。

薄暗い廊下のつきあたりに薄明るい障子が見えるだけ。
障子の向こうは店舗…つまり玄関だ。

呆然としていると

「着替え、アタシのだとマズいですかね?かといってテッサイさんのは大きすぎますしジン太のじゃ小さいですし雨のはさすがにアレですし」

と言いながら手前の襖の陰から主が顔を出した。
手に浴衣のようなものを持っている。

手渡されて「着替え…ますよね?」と念を押すように言われた。
それに答えるよりもさっきのあれを訊いてみたい。

「あれ?浦原さんさっき後ろに…」
「いましたよ♪」
「えっ?」
「だって黒崎サン凄い暗い顔してたんでちょっとからかおうかなぁって。びっくりしました?スミマセンね」

「びっ…びっくりするに決まってんじゃんか!」
「スミマセン、だってお通夜みたいな顔してるんスもん」

そんなに暗い顔してたんだろうか。自分の顔を触ってみる。

触った指先が冷たく感じた。
これは雨に濡れたせいじゃなくて、さっきまで顔が火照ってたせいだと気がついた。
そうだ…あんなこと言うから。

「着替えたらこっち来てくださいね。濡れてる服はハンガーありますんで吊っといてもらったらいいですから」
あの吐息のような囁きとは打って変わったいつも通りののんびりした声が廊下に響く。
あれも…からかわれてたんだろうか?

胸が噎えたような圧迫感。


*:.。..。.:+・゚・*:.。..。.:+・゚・*:.。..。.:+・゚・*:.。..。.:+・゚・*:.。..。.


手渡された浴衣に袖を通すものの…でかい。
裾を引きずらないようにしようとすれば胸元がはだける。
胸元をなんとかしようとすれば裾がズルーッてなる。
しばらく格闘して結局裾を犠牲にした。

胸元がはだけているよりも…誘ってる風には見えないだろうという選択。

ていうか誘う誘わない云々しか選択肢にない自分が色ガキみたいで滅入った。

けど、だってほらこの浴衣、あの人の匂いするんだぜ?
嫌でも思考がアッチ寄りになってしまう。

ブンブン頭を振り、ぱちぱちと両手で頬を叩いて気合いを入れ直す。
そうだ、今日は手伝いに来てるんだから。

代行証を手にずるずると裾を引きずりながら脱衣所をでて和室に向かった。
襖は開いていて廊下から黒い羽織の肩が見える。

そのまま入ると「あららおひきずりさん」とおどけたような声がした。
  
円卓には茶の用意がされている。急須を置いて主は「とりあえず座ってくださいな」と座布団をすすめてきた。
裾の扱いがわからないけどあまりシワにならないだろうと考えて膝の前で裾を揃えて正座した。
胡座がかけない。

「なに?おひきずりさんて?」
なんだか淫靡な響きがする。

「花嫁衣装とか裾の長い着物あるじゃないですか。引き摺るくらいの。あれです」
花嫁衣装…。
淫靡ではないけどこれはこれで…なんだか…。

「あとだらしない女のヒトのこともそう言います。こっちは隠語なんですが」
だらしないって…
裾でこれなら胸元がはだけてたらどう言われるんだろうか。

「だってこれでかいんだもん」
「スミマセンねそれしかなくて。まぁその体は寝てるだけなんで…さっそくですが今日の手筈を説明しますね」

話題は本題に入る。
そう、今日は手伝いに来てるんだから。
花嫁さんをしに来たわけでも…だらしないことをしに来たわけでもない。


ざっと説明されて理解したつもりでいる。
前に聞いたときは台風で帰れなくなった迷子の迷子の虚さん…とか言ってたから
その迷子の虚を一体一体保護して魂葬なり虚圏に送り返すなりするのかと思っていたら
「そんなの埒があかないです」
というので、そもそもの黒腔の歪み?を修復して固定してしまうらしい。

ずいぶん抜本的な手に出たもんだ。
それを言うとあとで気がついた方法だという。
その答えになにか歯切れの悪さを感じていたら察したのか、
「まぁ…いいじゃないですか」と目を細めた。

なんか嬉しそうだ。
ますます違和感を覚える。

相変わらず半目の瞼に隠れて綺麗な色の虹彩の半分しか見えない。

そういえば虹も半分しか見えない。
半分は地面に邪魔されて見えない。
こっちの虹は物憂げな瞼で上半分が見えないのだけど、掴みどころのないのは同じだと思った。
見えてるのは半分だけで円くなってるのが見れないってところも。


死神化する前に気になっていたことを聞いた。
ほかの住人…テッサイさんやジン太や雨は今日は居ないのかと。

「テッサイさんたちは迷子の虚さんのほうに行ってます。まだそんなに黒腔は歪んでないですが、何体かはちょこちょこおいでになってるんで」
ということだった。

迷子の迷子の虚さんは一応は居るんだ。
そして確かにこの暴風雨の中、一体一体保護して回るよりも原因の根本を処理したほうが早い。
しかし…

「大丈夫大丈夫。彼らはエキスパートですから」

いや、それもまぁ心配だけど

「黒腔の歪み?界境固定するだけです」

そんな…『誰にでも出来る簡単なお仕事です』みたいに言われても…。

「界境固定の術式はアタシ一人でも出来ますけど、霊力のヘルプが欲しいんですよね。そこで黒崎サン、アナタの出番すよ」

そんなの尸魂界の誰かに頼めばいいじゃんかと思った。そして言ってみた。
べつに手伝いに借り出されたことに不満があったわけじゃないのだけど気になったから。あんだけ死神がいて誰一人主を手伝わないなんて不自然だと。

「尸魂界も忙しいんすよ。なんでも盆踊り大会があるらしくって」
!!
あるんだ!
やっぱりあるんだ!
尸魂界盆踊り大会!祭り好きそうなやつらばっかりだしたしかにそれじゃ誰も手が離せないだろう。
今度こそ恋次や白哉が浴衣着てるのがくっきり鮮明に頭に浮かんだ。
でも先ほどの件のせいでか浴衣が…みんなが着ているおひきずりさんになっていた。
恋次に至っては胸まではだけている。


違う意味で胸が・・・・・・。



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