無 償 ノ 愛 【 後 編 】 若干動物に対して優しくない表現があります。ご注意ください。しかもお誕生日とは関係ないお話です。 |
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「学校帰りに猫がいたんだよ」 猫…先ほどうっかり想像したネコの天国のズが喜助の頭をかすめる。 まさか?猫の呪いか? しかしなぜ一護が猫の呪いを受けねばならぬのだ。 呪われるほどの仕打ちを生き物にするような子ではない。断じてない。それは喜助が保証する。 「でもさ、怪我してたんだよ」 「どうして?」 「さぁ?車にはねられたのかも。怪我って言ってもすげぇ重傷でヤバいなって俺でもわかった」 「そして、どうなりました?」 一瞬相談内容よりも猫の安否が気になった。 一護も喜助の気になるところを読み取ったのだろう。 泣き笑いのような顔を伏せて 「結果からいうとソイツはダメだったよ…」 と言った。 「そうなんスか…」 いたたまれない気持ちになった。 「一応病院には連れてったんだけどな…」 がっくりと落とした肩が弱々しい。 「黒崎サン良いことしたじゃないですか。その猫も感謝してまスよきっと」 「いや…なんか余計なことしたのかも知んねー。多分、俺を呪ってるのはソイツだ」 「猫が?まさか。感謝こそすれ…」 「なぁ浦原さん、死に際の猫と目を合わせちゃダメ、呪われるっての聞いたことあるよな?」 「そんなのただの迷信っスよ」 まぁそうとも言い切れないがここはそうたたみかけておくに越したことはない。 「俺、目が合ったんだよ。で、だから『死に際に目が合った』 じゃなくて『大怪我中に目が合った』ってことにしようと思って病院連れてったんだよ。 だって呪われるのヤだもん」 そうは言っているが、一護のことだから目が合わなくてもきっと連れて行っただろう。 ふと喜助はプラシーボ効果を思い出した。 薬だと思い込めば砂糖でも風邪は治るあれである。 一護もこの迷信によって自分が呪われたと思い込んでいるのではないか? 想いの強い子だからそういうこともあるかも知れない。 救えなかったという自責の念も含めて。 「それからなんだよ。俺んちの部屋の窓に毎朝ネズミの死体とかスズメの死体とか置かれるようになって …すげぇ気持ち悪い」 「死体?」 それはもしかしてもしかすると…。 「夜は夜で寝たらわけのわからんもんが降ってくる夢ばっかりでさ。 それで夏梨のスプレーのこと思い出して」 「効かなくてスミマセン」 やはり…そうに違いない。 夢の中で降ってくるという木の枝やら緑のドングリらしきものは…きっとマタタビの実であろう。 死の間際の一護の優しさに猫は十分恩を感じている。 だが一護は呪われて…い…る? 少なくとも一護本人は呪われていると思っている 「黒崎サン、猫飼ったことは?」 「ねぇよ。うち病院だもん。飼えねぇよ」 だからか。 一護は猫の習性を知らないようだ。 猫の習性を知らぬものには 親愛のあらわれであるネズミやスズメ(の死骸)という「狩りの獲物のお土産」も 不気味な嫌がらせにしか見えないであろう。 夢は猫が考えつく限りのバーチャルで一護をもてなそうとしたに違いない。 なんともわかりやすいではないか。 空からマタタビ鰹節煮干しが雨霰、 最後には全身が浸かるお宝風呂である。 人間で言うなら空から福沢諭吉のブロマイドに金銀パール そして最後にはそんなお宝に満たされて札束風呂という感じか。 「黒崎サン、それ呪いじゃないっスよ。猫サンなりの精一杯のお礼っスよ」 「えっ?うそ?」 「嘘じゃないっスよ。猫サン、なんとか黒崎サンに自分の好きだったものでお礼したかったんでしょうね」 「マジで?」 「ハイ。まぁ猫の習性知らなかったらたしかに強烈な嫌がらせでしょうねぇ。 ネズミやスズメはきっと贈り物のつもりっスよ。 夢の中に出てくるドングリみたいなのは多分マタタビっス。 猫にマタタビって言うでしょ。なんかいい気分になるらしいですね。 鰹節煮干しはもうわかりますよね?」 ぽかんとしている一護だったが、我に返って「なんだ…そうだったのか…」と苦笑いをし始めた。 その眉間には疲れはあるものの、もう憔悴はない。 呪いは解けた・・のだろう。 その時、一護の傍に離れず付いていたモフモフが動き出すのがわかった。 これは一護にも気配がわかったようで、 何だ?何か居る?と言いながらモフモフの動くに合わせて目線を動かす。 モフモフの霊圧が上がってきているのだろうか? 意識しなくてもその姿はしっかりと形を見せはじめ、 やがて毛玉モフモフのナニかだった塊は痩せた猫の姿になった。 「ああ、アナタ、猫サンだったんですね?」 「あっ。お前…」 もう一護にも見えているようだ。 ちょこんと座る猫と見つめ合っている。 その雰囲気はちょっと割り込めないくらいに二人(?)の世界を醸していたが、 あんまり二人(?)がだんまり見つめ合ったいるので痺れを切らせた喜助はそっと話かけた。 「黒崎さんが見かけたのはこの猫サンなんですね」 こくりと一護は頷く。 「実はその猫サンならずっと黒崎サンに付いてましたよ」 「なん…だと?」 一護はちょっと大げさに驚いて見せる。 あきらかに一護の中で張りつめていたものが解けているのがわかった。 「すごく弱い霊圧だったんでわからなかったんじゃないスか? アタシも注意しなきゃわからなかったレベルで…」 「それがなんで今になって…」 「『お礼』だと気づいてもらえたんで嬉しくてパワーアップしたんじゃないスか?」 実際のところはわからないが。 猫がその通り!というようなしたり顔をしているような気がしたので、これで当たっているのだろう。 †*†*†*†*†*† さて、この猫はどうすべきか。 「猫も尸魂界に行けるのか?」 「もちろん行けますよ。魂葬して差し上げますか?」 「でも今俺死神化してねーから斬魄刀持ってねぇや」 そんな話をしていると、猫もわかったような顔をして一言ニャアと鳴き、 それを合図に猫の体が粒子化しはじめた。 魂葬せずとも自ら成仏するようだ。 一護にわかってもらえて満足したのだろう。 「ありがとな。じゃまたな」 と一護が見送る。 それを喜助が見護る。 予期せぬ大怪我をして命が断たれたのはとても不幸なことだが、 一護に会えて幸せな最期を迎えられたことがせめてもの救いだった。 皆こんな最期を迎えられたら…きっと虚なんていなくなるだろうに。 微温ぃ、それでいてちょっと切ない想いに浸っていると と、天井あたりでメシリとなにかがぶつかる音がした。 目を向けると、そこには粒子化したはずの猫がやや実体を取りながら浮いていた。 その姿を見て喜助ははっとそこで気がついた。 「しまった、結界、解いてなかったっス!」 粒子化したとはいえ通り抜けはできなかったのだろう。 どこかをぶつけたに違いない。多分、鼻かどこか・・。 かっこよく成仏したつもりがばつの悪そうな猫の顔をみて喜助は二重に申し訳ないことをしたと思った。 術式を省略した簡易の結界ではあったが、未だかつて破られたことはない。 †*†*†*†*†*† あらためて猫を見送ると、一護はまた座布団を二つ折りにした枕につっぷしてしまった。 張りつめていたものがようやくゆるんで、睡魔に完全に支配されてしまっている。 喜助は「寝足りないならお家で寝たほうが…もうなにも起こらないでしょうし」と諫めてはみたが、 実は嬉しくってしょうがない。 口ではそういいながら、強く言わないままにいると 再び寝息を立て始めた一護に改めて羽織りを被せ直す。 寝ちゃったから仕方ないっスね〜起こしちゃかわいそうっスね〜と誰も聞いていないのにひとりごち、 そして見飽きることない寝顔を眺める。 そうしながらあの猫を思った。 あの猫はもし一護が気づかなかったらあのオモシロ怖いお礼をずっと続けていたのだろうか? それこそウザがられても。 実際一護も正体がわかるまでほとほと弱りきっていた。 どっちかというと迷惑の部類ではあろう。 しかし猫は諦めもせずせっせと贈り物をしせっせとバーチャルで一護をもてなした。 それが猫にとっての揺るぎない誠意であり貫くべき信念…愛?であったのだろう。 あれが…無償の愛のカタチの究極かも知れないと思った。 見返りはきっと端から期待していない。 たしかに気づいてもらえて見返りがあったとしても、それは可能性のひとつに過ぎない。 気づいてもらえなくてもせっせと続けるのだ。 しかし動物ゆえの純粋さ一途さと真っ直ぐさでかわいらしい話で済んでいるが(一護は困っていたが)、 これを人間に置き換えて見ると、ちょっと危なくはないだろうか? ただのイタい人ではないか。 …だとしたら無償の愛なんてのは実はかなりの部分で傍迷惑かも知れない。 多分そうなのだ。 そう思う時点でやはり無償の愛なんて自分にはまだまだなのかも知れない。と喜助は思う。 喜助自身が一護の前では遠慮してしまい 無償の愛だからと嘯くことも出来ないから・・というのもあるが、 今げんに眠っている一護の傍でこうしている間にも喜助は十分幸せで、十分満ち足りて十分暖かく ちゃんと愛した分の見返りに浴しているではないか。 アタシには無償の愛なんて程遠い程遠い。 やはりアタシもまだまだなんですねと一人ごちながら眠る一護の横で肘枕をする。 添い寝。ただの、添い寝。 これもまた無償の愛のひとつのカタチなのだと喜助が気づくのにはまだだいぶかかりそうである。 その通り、まだまだの喜助であった。 きっと、これからも。 |
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