無 償 ノ 愛  【 前 編 】      若干動物に対して優しくない表現があります。ご注意ください。しかもお誕生日とは関係ないお話です。



「お困りのようっスね」

言われてみればたしかに一護の顔は憔悴の色がそこここににじみ出ている。
やつれてこそいないものの、ここ数日あまり眠れていないのだろう。
目の光が弱々しい。

「しかし動物実験はやったことないんで効果のほどはわかりませんよ?」
「人間のに効くなら動物のにも効くんじゃね?」

藁にもすがるとはこのことかも知れない。
こんな胡散臭いグッズにまで頼るとはほとほと弱り切っていたのだろう。
一体なにがあったのか。
聞いてみたいが具体的なことは殆どいわずに妹に渡したのの在庫があるなら分けてくれとしか言わないから、
多分聞いても教えちゃくれない。
この子はそういう子だ。

ただ困り果てているのだけはわかった。
「それで効かなかった場合は?」

「そんときゃまた相談していいかな?」
「どーぞどーぞ」

内心効かなきゃいいとチラッと思った。
真心商人の風上にも置けぬ。
しかし客の…いや一護の力になりたいのは喜助自身の本心だ。
その中にほんの少し研究者浦原の好奇心が混じっているだけ。


それが3日前である。

研究者浦原の願いは聞き届けられた。
しかし好奇心を満たす喜びに浸っている場合ではない。
3日前にはにじむ程度だった憔悴の色を
あからさまに全身に纏う一護を前に
喜助はあの時なにも手を打たずに一護を帰してしまったことをひどく後悔した。

ふんじばってでも『相談』させれば良かった …とはいえもう過ぎたことを悔やんでも詮無い。

だがおかしいのは一護に憑いているというその霊である。

動物の(霊が憑いてる)…と言葉を濁し気味に言っていたが、
一護をここまで弱らせる邪霊である。
相当の力があるはずだが一護の周りにそれらしいものはいない。

いや、強いて言うならネコ?のようなふわふわしたものが3日前も、
そして今も一護の周りにまとわりついているにはいるのだが…。
まさかこれが邪霊なのか?
意識を凝らしてみても感じるのは、
ささやかすぎてもはやこれを霊力と言っていいものかと迷うほどのものである。
感知されるのを嫌い、自らの霊力を抑える能力のある虚であることも考えてみたが、
ひたすら伝わってくるのはほのぼのと弱々しい力で、
見ればその存在はもはや自分の姿すらしっかりと保ててはいない。
だからモフモフとはしているが全体的にぼんやりとして
それが犬なのかネコなのかはたまたサルのものなのかは喜助にもわからない。

もしかしたらあまりに霊力が弱すぎて一護には認識すらされていないのではないか?
再三いうがその力はこちらが意識を凝らしてみないと霊のものとはわからない程弱々しいのである。
やれ虚だの破面だのえげつないやつを相手してアンテナを張り巡らせている一護にとってはちょっと拾いにくい、
場合によっては拾えない霊波かも知れない。
それくらいに微弱な波動。
しかも邪気は少しもない。
一護に渡した斥霊スプレーは一護を悩ませているナニモノかにも効かなかったようだが
このモフモフにも効かなかったようである。
ナニモノかにはどうだか知らないが、こ
のモフモフの場合、あまりにも存在が希薄すぎてスプレーの成分が笊状に通り過ぎてしまったのではないか。
もしくは一護にも言ったように動物の霊に使ったことはないから本当に動物の霊には効果はないのかも知れない。

ともあれこのモフモフの無害っぷりは問題ない。

そう判断して喜助は一護に直接話を聞くことにした。
だがそうしている間にも一護は座っているのも辛そうだ。
座布団を二つ折りにして枕にし、横になることを勧めてみた。
恥ずかしがるかと思ったがすんなり体を横たえる。
それほどまでに辛かったのかと思うと3日前の自分の判断ミスがほとほと憎らしい。
罪滅ぼしのつもりで着ていた羽織を脱いでかけてやる。
布団を出してやれば良いがさすがに固辞するであろう。
外は身を切る寒さだが部屋の中は火鉢があって襖も閉めきっているから
うたた寝にはちょうど良いくらいに暖かい。

一護が横になるとそのモフモフは一護の胸のあたりをうろついて鎮座した。
一護はやはり気がついていない。

「やべ。寝ちまいそ」
「寝てイイですよ。誰も悪さしないようにアタシが見てますから…しばらく寝てないんでしょう?」

話を聞くのはそのあとでもいい。

「うん…夢にも変なのばっかりでさ」
「夢にも?」

それはタチの悪い。
喜助はそっとこの暖かい部屋を囲むように結界を張る。
これで一護の夢と眠りは一時的ではあるが守られるはず。
結界の中にはモフモフがいるが気にしない。
まぁ、結界だからモフモフが出て行くのにも妨げにはなるがモフモフは一護のそばを離れるつもりはなさそうだ。

しばらくも経たないうちにスゥスゥと規則正しい寝息がして一護はすっかり寝入ってしまった。
眠っている間に鬼道で体力も回復させようかとも思ったが
回復と言えども寝ているのを勝手に身体をいじるのはよこしまな気がしてよした。
それに弱っている一護はいつも以上に庇護欲をそそる。
しかも気持ちまでしおらしくなっていてその庇護を拒まないのだからますます可愛いではないか。
弱っている一護に悪いと思いながらもこの状況ににやつくのが止まらない。
ナニモノかが一体ナニモノかというのにも、こちらも一護には悪いが興味津々である。

一護の規則正しい寝息とときおり火鉢の中で炭がはぜる以外は静かなもので、
また音を立てることも憚られて喜助は手持ち無沙汰になったが一護の寝顔を眺めて居れば少しも退屈ではない。

「世の親には子どもの寝顔はいくら見ても飽きないもんらしいスけど、黒崎サン、アナタも飽きないスね」

だからといって一護=子どもという訳ではないのは喜助のほうが一護自身よりも良く知っている。
けしてもう一護は子どもではない。
ただただ愛しいのだ。目の前のものが。
ただただ護りたいのだ。目の前のものを。
それにしても自分はどうして親の愛という暖かいものから随分と遠くまで来てしまったのだろう?
愛が要らなかったわけではない。
ただ良くわからなかったのだ。
駆け引きも見返りも必要としない無償の愛というものが絵空事ではなく実際に存在(あ)るということが。
そして自分の理解できないものが…

怖かったのかも知れない。

しかし、今は、わかるような気がする。
得体の知れぬ感情は愛という名を持ち喜助の心に根を下ろした。
愛しいものの笑顔を糧とし愛しいものを包み込むべく枝葉を伸ばす。今も。

きっと、これからも。



飽きることなく眺めていた一護の顔がふいに歪んだ。
眉をひそめ苦しそうに声が漏れる。
悪い夢を見ているのだろうか?
しかし今ここは結界の中。
悪夢まで見せて絶え間なく一護を悩ませているナニモノかは今は一護には近づけないはず。
今のこれは体が疲れているための『ただの悪い夢』に違いない。と自分に言い聞かせる喜助だが、
一護の呻き声はやがて意味を持ち喜助をひどく動揺させた。

「いやだ…やめてくれ…」

先だってまでは夢見が多少悪いところでせっかく良く寝ているのを起こすのは…と迷っていたが、
そういう訳にはいかないような予感がした。
相当に苦しそうだ。

「黒崎サン?」

呼びかけてぴくりと眉が動いたのは自分の声に反応しているのか?
ひたりと汗ばむ額に手をやる。しかし目は醒まさない。
いっそう眉間を険しくして喘ぐ。

「う…ああああっ」
「黒崎サン、アタシの声、聞こえますか?」

完全ヤバい。例のナニモノかに違いない。
一護を起こさないように術式を省略した簡易の結界ではあったが、未だかつて破られたことはない。
そういう『実績』が裏目に出た。
過信して思い込んで油断していた。
しかし油断していたとはいえ、
どうやって一護の傍にいる喜助に気付かれずに結界をすり抜けて一護の夢に潜り込んだというのだろうか?
こうしている今も敵の霊圧すら感じない。
一体ナニモノだろうか?

だがそんなことより苦しむ一護を悪夢から呼び戻すことが先決だ。夢の中までは入り込めぬ。

「黒崎サンっ」
「…ぃ…や」

一護は何に苦しめられているのか?
なにも情報がない。
何てことだ。
眠る前に多少なりとでも話を聞き出していれば良かった。
3日前のことにしろ今回の件はすべて喜助は後手後手に回っている。
なんという体たらく。

愛しいのではなかったか?いつも。
護りたいのではなかったか?いつも。
そうとも。愛しいし護りたい。
だからこそ怖いのだ。一護に嫌われるのが。

おせっかいだの心配性だの○○の冷や水だの思われて一護にウザがられることが一番怖かった。
嫌われてもウザがられても無償の愛だからと嘯いていられるほどにはまだ喜助はその存在を信じ切れてはいない。

愛してる、だから愛して欲しい、
見つめれば見つめ返し微笑んで欲しいという見返りを、どこかで欲している。
見返りが欲しい、嫌われたくない思いは遠慮という形をとり、未だに喜助は他人行儀に一護を呼ぶ。
「黒崎サン」
相変わらず目覚めない一護だったが今度は喜助の呼びかけると
その時だけ呻き声を止めるというはっきりとした反応を見せた。
浅瀬まで戻って来ている。
それを確認してようやくここで一護の肩を抱いて揺する。
揺れにあわせてぐにゃぐにゃと一護の頭が前後し、ようやく一護の瞳が開かれた。

「…あ、夢か」
と言い大きく肩で息をついた。
その肩を抱いている喜助の手にはその感触がもろに伝わり、それが安堵感をいや増させる。
「スミマセン、うなされてたので起こしちゃいました」
「…やっぱり浦原さんだったんだ」
「は?」
「夢ん中で呼んでくれてた…アリガト…」

夢の中まで入り込めぬはずだったが声は届いていたのか。
眠る一護の傍に護衛よろしく陣取っていたにも関わらず全くの役に立たナイトだったわけだが。
しかし、ナイトの仕事はこれで終いではない。
まだ眠そうな目をしている一護には気の毒だが、
きちんと話をしてもらいきちんと聞こう。
そうでないと打つ手がない。
敵の正体が多少なりとでもわかってさえいれば、
先ほどだって手をこまねいてただ呼びかけるばかりではなく何か対処できていたかも知れない。
「どんな夢だったんです?」
あれだけうなされていたのだ。
思い出したくもないかも知れないがこちらも相手を知らねば護りようがない。

「なんかさ、いろいろ降ってくるんだ」
「空から?」
「そう。空から…まわりはなにも高いところないのに」
「なにがです?」
「なんか木の枝とか実みたいなとか」
「なんの実かわかりますか?」

しょっぱなから意味不明だ。
まぁ夢だから当たり前か。

「ん…わからねぇ。なんかどんぐりみたいな」
「どんぐり?」
「いや、カタチとか大きさ的に。色は違うけど。どんぐりって茶色だろ?そいつは緑っぽいんだ」

どんぐりが降る森を喜助は知っている。
樹齢数百年はゆうに越える椎や楢の森。その中でよく刃禅を組んだ。
しかし、木もなにもない空からどんぐりが降ることは・・ない。はず。
まぁ気になるが今はこれは置いといてまずは情報を揃えよう。

「他に降ってくるものは?」
「鰹節とか…」

…?
今、なんと?

「かつおぶし?」
「うん。なんか生臭いんだ。あと魚とか煮干しとか」

ふざけているのかと思ったが一護は至って真面目である。

「あとは?」
「あとなんか降ってたかも知れねーけど覚えてるのはこんだけ」
「他になにかあるんスか?」
「それだけ」
「えっ?それだけ?」
「それだけって言うけどドカ降りしてんだぜ?最後には全身埋まりそうになるんだ。最悪じゃん。悪夢だよ」

喜助はちらほらと舞い散る桜のように鰹節が舞い散る風景を想像して
コイツぁネコの天国かも知れないとうっかりほのぼのしてしまっていたのだが。
たしかに千本桜なみの質量でもって鰹節に襲われたらたしかに最悪だ。
ネコの天国といえば、あの一護に憑いている(?)モフモフを思い出した。
探すとやはり一護の傍からすこしも離れていない。
気を凝らさないと感知できぬ人畜無害の存在感。
そして一護はと言うとやはり気づいて居ない。

「あとは?」
「あとって、別に…」
「夢の話じゃなくて。斥霊スプレーが効かなかったんスよね?」
「うん、そうなんだ」
「虚なんですか?」
「いや、違うと思う。俺、多分呪われてるんだ」
「呪い?」

呪いとはまた穏やかではない。
いや、虚でも十分穏やかではないのだが…。

「いつからです?」
「先週なんだけど、学校帰りに…」
そしてようやく一護の『相談』が始まった。


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