(序)
よぉ。宿題は進んでるか?
俺?俺はアレだよ。話せば長いよ。聞きてぇか?
まずはアレだ。只今俺は今現在生徒指導室のソファの上だ。
夏休みのど真ん中になんで俺が学校くんだりまで来てソファで寝そべってるかなんて野暮な質問すんなよ。
前にどっかで話したからよ。
同じこと何度もくっちゃべる趣味はねぇんだ。
まぁじゃあ特別親切にかいつまんで教えてやろう。
ええと…。あぁ時給なんだ俺。
夏休みの間だけ。まぁだから用がなくとも出勤しなきゃ稼げねぇ。
反対に言うと出勤さえしてりゃ稼げる訳で時は雷って言葉があるだろ?
とにかくここに来て時間潰してりゃそれなりに給料が貰えるわけで
考えようによっちゃ家にいてごちゃごちゃ生活経費かさますより得かも知れねぇ。
だからここに居る。
ひねもす居る。
なんならここで暮らしてもいいわ。
そしたら通勤しなくていいし。
けど、ここ禁煙だしな。
酒持ち込み禁止だしな。
いやこっそり持ち込んだりなんかしちゃってたりもするけどな。
風呂ないしな。
ついでに学校って夜ちょっと怖いしな。
ちょっとだけな。
だからちょっとだけっつーてんだロが!
以上だ。この時現在只今INGで今まさに俺がここに居る訳は。
もひとつ理由があるけどまぁまたそれはおいおい話してやるよ。
で、今現在はまぁそういう訳だ。
ただし。
現状はちょっとピンチだ。
なにがピンチって俺よ。
やべーんだよ。
この間よ。
職員会議があったんだよこのくそ暑いのに。
で、このくそ暑いのに俺にも出ろとか訳わからんことを東仙がいいくさるから出てやったりしたよ。
けどなんかよくわからねー話してやがるから
俺は聞いてるふりして目開けたまま寝てたんだ。
そしたらその間に会議もたけなわになって
職員全員で恒例の「フルーツバスケット」なんかやりやがったらしい。
知ってるか?フルーツバスケット。
簡単にいえば匿名名指しの椅子取りゲームだ。
暑いさなかに会議室でフルーツバスケットだぜ。
いくら職員の団結と親睦と士気を高めるためとはいえいい大人がわいわいがやがやフルーツバスケットだぜ。
酒の席ならまだしもお紅茶でよくやるよ。
馬鹿の集団としかいいようがねぇあいつら。
で、メロンとか一護…じゃねぇイチゴとか褌派かトランクス派かだとか
夕べの晩飯は魚系だった人!とかいいあってるうちはいいが
そのうちに東仙か誰かが
「この学校のために正義を貫き生涯をこの学校に捧げる覚悟のある者!」
とか言いやがったらしい。
そしたら皆、本心はともかくとして建前でざぁっと立ったらしいよ。
まったくウソツキなやつらだ。
英語の松本なんか(セレブと)結婚するまでの腰掛けよ〜とかいつもほざいてやがるくせに
まったく教職をなんだと心得えてやがる!
しかしまぁ建前は立った訳だな皆。
校長の藍染の手前もあるしな。
で。俺、寝てたから。
会議が終わってから東仙に肩叩かれてよ。
「辞表ならいつでも受け付けるぞ」とか優しく囁かれちゃってよ。
教育長の市丸なんか「じゃあぶぶ漬けでも食べていきなはれ」
とかニヤニヤしながら言いやがる。
なんつーかな?
奸計をめぐらされるってこういうことか?
おっ今俺ヤバいほどに知的な言い回ししちゃったぜ。
で、まぁなんてのかな?
秒読み段階みたいな?
東仙は顔あわすたびに「辞表の書き方がわからんなら教えてやる」とかネチネチ言いくさるし。
今朝なんか奴お手製の「チャート式辞表」が職員室の俺の机の上に乗っていた。
質問に答えて空欄をうめていくだけでアラ不思議!こんなに簡単に辞表が?ってやつだ。
あいつは俺が嫌いなんだろうぜ。
いつも俺ばっかり目の仇にしやがる。
まぁ、俺の方が生徒に人気あるしな。
生徒指導なんかやってるとたいがい生徒は目の仇にするもんだけどな。
俺違うもん。
男子も女子も廊下で俺を見つけるやいなや親愛のこもった体当たりかましてくるしよ。
たまに間違ってメリケンサックとか割れた瓶とか持ちながらぶつかってくるやつも居るけどな。
まぁ誰だって間違いはあるしな。
それにそんなもんは凶器のうちに入らねぇしな。
凶器ってのは日本刀とかピストルとか風船爆弾とかのことを言うから。
そういう度量のデカイとこも人気の秘密らしい。
東仙はそれがないんだな。
小さなことからネチネチと。だもんなぁあいつ。
陰険っつ〜か。見た目ドライなレゲエなのにな。
まぁそんな訳で人気のある俺が目障りなんだろうぜ。
教頭の椅子を横取りされるとか思ってやがるのかもな。
サラっサラ興味ねぇっつのに。
教頭なんかなったって職員室の冷蔵庫の麦茶の補充とかあとここの指導室の掃除くらいしか任務がねぇ。
やっぱり教師は教壇に立ってこそだろが。
しかしそういうのがわかんないだなあの石頭。
出世のことばかりだ。だから頭皮もねじまがってトレッドヘアしか生やさないんだよ。
で…なんだっけ?
あぁ辞表だ。
書く気も出す気もねぇよ。
だって俺、生徒指導だもん。
燃えてるもん。
志半ばで辞めたくねぇしこの暑いなか再就活やだもん。
自腹切らなくていい電気代でクーラーの涼を満喫してんだもん。
だから辞表なんかとんでもない話だが
なんか今朝は流石に心が折れかけたわ。
その例のチャート式辞表の横にメモが添えられててこう書かれてあったんだ。
「クビ切りますか左腕切りますか」
これってイジメ?
俺って可哀想くね?
陰険教頭の奸計にはまり職場を追われる若き青年教師よ。
ドラマ化できそうな悲劇だな。
主演は韓国のぺ…なんとかで頼むわ。つか俺出るわ。
あ〜役者んなろかな?教師なんか辞めてよ。
まぁそういう訳で今色々ピンチなんだよ。
で、そのチャート式辞表、
そんなとこに放置してほかのやつに見られたらまた
「グリ八先生おやめになるんですか」とか噂になるだろ。
だからこっち(指導室)に持って来て
せめて書き込むなら東仙をぎゃふんと言わせるよな事柄書けねーかなとか考えていたが
バカバカしくなって応接セットのテーブルに放り出して半分ふて寝してる訳だ。
寝てねーよ。半分ふて寝だ。
本当なら今現在こんなことやってねぇでしかるべき措置
―就活なり東仙にとりいるなり―
やるべきなんだろうが暑いし。
東仙いねーし。
つかなんで東仙におべんちゃらしなきゃなんねーんだ?
だったら就活のほうがまだなんぼかマシ
…だけど暑いから。
それに俺、生徒指導だから。
天職だと思ってるよ。
生徒の将来までも正しく導くわけよ。
俺みてーな大人になんねーようにな。
俺みてーな大人がゴロゴロいたら俺の個性が煌めかないだろ?
だから今から芽吹こうとしてる個性の種をほじくりだして
生徒の未来を凡庸でつまらなくして差し上げるんだな。
優しいだろ?
なにもないことが本当は一番幸せなんだよ。
それに…。
あいつが来て俺がいなかったら、夏休み中はずっとここに居るって言った手前、なんだかな…。
あいつってのは、俺が担任してる1-5の生徒だ。
びっくりするようなオレンジ色の髪してるんだが地毛で。
成績上々、品行もよろしい。
難をいえばいつもしかめっ面してること位。
だけど笑うと可愛いんだなこれが。
あらゆる邪気がふっとぶぜ。
実際俺も………。
あ〜。う〜。はい、すみませんでした。
俺、ありました。
邪気。
生徒である黒崎一護に対して非常によこしまな一念を抱いておりましたことを訂正してお詫び致します。
だから詫びてんだろ?
訂正してるしよ!
今はもう、アレだよ。教師の自覚持ち直したっつーか。いや。教師でなくてもだ。
あいつ、彼氏いんだよ。
それで俺が黒崎になにかやっちゃったら、あいつ、困るだろ?
やなんだよ。好きなやつ困らせるの。
そんなの関係ない、奪えってか?
それもアリかも知れねーけどな。
いいんだよ。これで。
夏休みの初日、ちょっと俺はあいつの話ここで聞いてよ。
悩み相談っつーか。
それでなんかあいつの中で色々整理ついたみたいでよ。
それで今まで教師のことを名前でしか呼ばなかったあいつが、俺の事「先生」ってよ。
「先生」
そうそう。先生。あいつにしてみりゃ生まれて初めてらしいぜ。
教師を先生て呼ぶの。
なんでもうわっ面だけでものを判断するよな奴は先生と呼ぶ資格ナシってんでずっと名前呼んでたわけだ。
それが
「先生」
嬉しかったよ。あいつにとって特別の尊称だ。
それで呼ばれるんだぜ。
日本に教師が何人いるかは知らないが黒崎に
「せんせいっ」
って呼ばれる教師は唯俺一人だ。
しかも笑顔つきだ。これもレアもレアのキラカードでよ。
黒崎の周りの選ばれしやつしかそれを拝むことは出来ねぇ。
見たら邪気なくすぞ。
で、邪気なくした訳で。
ずっと笑ってんの見てーから困らせる訳にいかなくて、だからもういいんだよ。
まぁ、キスはやっちゃったけどな。
それはもう勢いでやっちゃったって言うか。
勘弁してくれや。
そこで止めたんだからよ。
本当なら最後までノンストップでめくるめいてるから。
もういいんだよ。なっ。
あいつが笑って先生って呼んでくれて、それから夏休み中に…ええと
「先生アイスです」
そうそうアイスな。それ持ってきてくれるらしいから、
それってわざわざ俺のためにここに来てくれるって事だろ?
嬉しいじゃねぇか。だからそういうので俺はなんてのかな。
満足なんだよ。
枯れてねーぞ。
黒崎にはそれでオッケーなだけで俺自身はもうエクセレントだからな。マーベラスよ。皆ヒイヒイものよ。
それにしても暑いな。クーラーの効きが悪い。
なんか窓かドア開いてるんじゃねぇのか?
「寝てるんですか」
寝てねぇよ。てか誰がしゃべってるんだ?
「先生」
「うわぁっ黒崎ぃ?」
今しがた黒崎について思考を巡らせていたもんだからはじめ、
俺もついに思考の具現化が?とか思ったぜ。
そんなことが出来るならこんなとこでふて寝なんざしていない。
札束のこと考えりゃいいわけで。
まぁそうなると
「アイス持って来ました」
って言う黒崎には無駄足ふませてせてしまうことになったわけだけどな。
いや、よしんば札束の具現化に成功したとしても俺はここに居るけどよ。
黒崎がビニール袋を片手にドアあけて立っていた。
「暑いから溶けそうですよ。早く食べましょう」
笑ってやがる。
チクショー。今日もお前可愛いなぁ。