421話の直後に勢いで書いたものです。
いろいろ捏造してる設定もあり。
まだまだ未消化な部分もあり。
はっきりしていない部分には踏み込めてない部分もあり。
ご了承ください。





Wax And Wane


霊圧以前にその姿であった。

その姿を見て一護の身に何が起こったのか量れない喜助ではなかった。
なぜなら、かつて一護の父、一心が死神の力を喪くしたとき、
傍に居たのは他ならぬ喜助自身であったからである。

喜助自身は死神の力を喪したことはないけれども、
永い時の中でたくさんのものを喪い、そして犠牲にしてきた。

そして、今まで当たり前のように使ってきた力を喪うことがどういうことか、
喜助のその頭脳には容易に想像がつく。

それは友を喪うにも等しいかも知れない。
それは半身をもぎ取られるに等しいかも知れない。


だから、何も言えなかった。

言いたい言葉はあるのに、辿りつけない。

抉れ削られたむき出しの地面に座り込みうなだれる一護。
きっともう彼には一握の砂すら吹き飛ばす力もない。

ゆっくりと一護の前にまわり、その瞳をそっと覗きこむ。

放心状態にあってもなお、光を失っていない瞳に安堵する。
ただ揺れる心は脆く瓦解して、残る光もたやすく消してしまうかも知れない。

喜助は用心して一護の肩に手をやる。
大きく肌が露出しているので自分の羽織をかけてやるべきか迷っているうちに一護の唇が動いた。
小さな声に衣擦れも憚られる気がして、ただ肩に手を置いたまま、問わず語りの言葉に耳を傾ける。


「小さいときおふくろが…」

唐突な登場人物に少し驚いた。
雨の日に逝ったあの女性の優しげな面影がよぎる。
真咲サン・・と言いそうになって止めた。

「お母サンが?」
あの女性も、護った人だった。護りきった人だった。

「夜歩いてたら、後ろから月が付いてくるの、
 あれのこと『月が俺のこと好きだから付いてくる』んだみたいに言ってたんだよ」

「…そうだったんですか」

「俺…それがうれしくてさぁ…」

「…素敵なことを仰るお母サンだ」

「…うん。それに後ろから月が背中を護ってくれてるみたいで、あれから俺、夜が怖くなくなった…」

思い出話にのせているが『月』が天体の月のことだけを言っているのではない…
というのも喜助にはわかった。
そしてこの思い出話はあの『月』もこの『月』も同じ次元で語られる。
『夜』も太陽が沈んで暗い時間のことだけを意味しているのではない。

しかし喜助はあえてとぼける。

「だからって夜遊びしちゃイケマセンよ」

「しねーよ…誰かサンが唆さなきゃ…な」

喜助のボケにわかって突っ込んでいるようだ。くすくすと笑う。

覚悟は…できていたのだろう。だが、覚悟だけで耐えられるものではない。
脆い気持ちをピアノ線のように強く細やかで張りつめた精神力で支え、
気の遠くなるような膨大な時間をかけて、
そうして慣れていくしかない。
その笑い声が再び潤うには。

しかし水気のない今のそれはなにも残さずにすぐに塵となる。
形ばかりの笑顔はすぐにしおれてうなだれる。

「黒崎サン…」
「…もう…背中…護ってくれないんだな…」

喜助はそれには答えなかった。

一心のように『戻る』可能性もないではない。
だが…『月』は、それを望んでいるのだろうか?
本当に『月』が一護を護りたいのなら、
再び忌まわしくも手におえぬ力を纏わせて戦渦の中に立たせることはしないだろう。
一護は一護の在るべき形に戻り居るべき場所に戻る…これでいいのではないか?



アタシが『月』なら…

考えてみるまでもない。



しかし、


月牙を振るう一護は…

本当に


美しいのだ。


息をのむほど

綺麗なのだ。




また、
この目で見たいと心の隅で思ってしまう。




もし『月』が自分と同じ考えならば、
傍に付き、また自らの力を纏わせ、飾り立て、妖しい光の下で舞わせてみたいと思わないだろうか?

それが一護を苦しませることだとしても。



・・・いいえ、まさか。


妖しい考えにゆっくりとかぶりを振る。

そして一護はそれを『答え』と受けとったようだ。
目を伏せて喜助の肩に頭を預けてきた。
それを包み込むように受け止める。抱きしめる。

そう…これでいい。
(そう、誰かサンが唆さなきゃいいのだ)


本来のアナタには血に染まう道は似合わないのだから。
居るべき場所にいて、在るべき形のそのままの一護が一番美しいのだ。


そしてこれからはそんな一護を


今度はアタシが護って…


否、


護らせていただきます・・・


空に溶けて見えぬ月と
時の流れにたゆとう優しげな面影に誓う。


そうして
喜助はようやく
言うべき言葉に辿りついた。


『ありがとうございます』
この世界を護ってくれて・・

手繰り寄せた言葉を一護の頭からゆっくりと注ぐ。
こんな言葉ぽっちでたくさんのものを喪い、
そして犠牲にしてきたその罪が拭われるわけではないのだけど、

今は目の前のこの子の中の咎を少しでも洗い清めたいと
喜助は心の底から願った。





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