※「恋一で喧嘩とかして聖夜に恋次くんがあらわれて仲直り」みたいなSSをというリクエストをいただいていたのですが
聖夜には間に合いませんでした。すみません。しかも喧嘩はしてません。
しかも、どうにもタイトルがつけられなくて。。
絵はこのながったらしいページの一番下。
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その日、朝早くから何かしら落ち着かなかったのはいわゆる現世ではクリスマスとかいう祭のあるせいなのか
だから一護がその日は都合がつけば来て欲しいとはにかみながら言っていたせいなのか
ただ俺は都合がつかなかった。
だから、行けなかった。
その日、朝早くから何かしらそわそわしていたのはいわゆるクリスマスで
だから俺は恋次にその日は都合がつけば来て欲しいと言ってそして恋次は善処しようと笑っていたし
それがあったから落ち着かなかったのは確かだったけど
恋次は、来なかった。
ただ、詫びるように北の空が赤かった。
そしてそれを見て妙な納得がよぎった。
恋人にクリスマス当日にブッチされて納得もくそもないけど
朝から胸にくすぶっていた「これ」は恋次が来る(かもしれない)とかいう期待じゃなかったんだと
いや、寂しさを紛らわすための自分への言い訳だったのかも知れないけど
ただ不吉なまでに赤い空を見上げて予感した。
その予感は確信に変わる。
恋次は、来なかった。
自身と蛇尾丸の回復を待って四番隊隊舎をあとにした。今現世では何月何日なんだろうか。
クリスマスなんぞいはとうに過ぎているのは確かだ。
治療を受けていた間の時間の感覚がわからねぇ。
六番隊隊舎に戻ると建物のいたるところにあの日の傷痕が生々しい。
あの日の午後俺は都合がつきそうだったので朽木隊長に早退を請おうと執務室に向かっていた。
胸のあたりが妙に空気を吸いすぎたみたいに張るのは一護に会える期待だと思っていた。
そう、浮き足だっていた。
だからまるでこれまた空気をいれすぎた布袋様の袋みたいなぶよんぶよんしたソイツが
いきなり俺の目の前の隊舎廊下の壁をぶち破り驚く隊士たちをぶよんぶよんなぎ倒していく惨劇を見たとき一瞬冗談だとさえ思った。
瀞霊廷の奥深くにまで霊圧を消して侵入出来る虚。
そして我に返ってソイツの布袋様の袋の縛り口に申し訳のようにくっついている仮面越しのいやに赤すぎる眼を見た時、納得した。
朝からザワザワする胸のこのあたりのこれは、くりす祭とやらのせいでもなく
もうすぐ一護に会えるという予感でもない。
コイツが近くにまで来ていたせいだと。
霊圧は感じずとも気配ってやつだ。
ザワザワと気配は実体になる。いやなほうに。
斬魄刀を抜くとすでに蛇尾丸は始解していた。
名前は呼んだ覚えはないがやる気まんまんだな蛇尾丸と
そのまま布袋様の袋に振りおろす。
ざぶりと手応えはあったから確かに一撃はお見舞いしたはずだ。
だが、そこからは覚えていない。
一面に赤。
ただその中に優しい蜜柑色。
その下に一護のふくれっ面が見えた気がして
俺はとっさにごめんな善処するとかいう以前の話でやっぱり都合はつかなかったんだとか思っていた。
あの日の仕切り直しのように執務室に向かう。
たどり着き早退を請えていればあの日は一護のふくれっ面ではなく笑顔を見れたはずだろう。
しかし最後に想いの中で見たあいつは今もふくれっ面をしたまま。
詫びる言葉も見つからないままに見つめているとやがてそっぽを向いたままこちらを振り返ろうともしない。
そりゃそうだ。
行けそうなことをほのめかしておいて行かず。
その後今何日たったのかわからないが音沙汰なしとくれば一護でなくともムクレるだろう。
しかしやはり俺は執務室に向かう。状況はわからないが早退を請うために。
「恋次、よくやったな。礼を言おう」
一瞬の返り討ちで気を失った失態をなじられるのかと覚悟をしていたから意外な隊長な第一声に首がすくんでしまった。
この人はほめかたが上手くない。
「すみません。相手の力量もわからねぇうちから斬魄刀の解放なんかしちまって」
「それが…よくやったと言っている」
書類から顔をあげ立ち上がった隊長は俺に近づき手にしていた書類で俺の胸あたりをぱんぱんとはたく。
そのあまりにもいつもの隊長らしからぬ所作に戸惑いながらも書類を受け取ってみる。
その対応はどうやら間違えてはいなかったようで「見ろ、四番隊と十二番隊の共同報告書だ。このような共同は異例だ」とサクサク話は続く。
手にした書類をみれば確かに四番隊隊長と十二番隊隊長の連名が見える。
しかしそれに続いてもう一人…
「浦原さんも?」
余計なことを言ってしまったか隊長はいまいましそうに眉をつりあげたがそれも一瞬で
「それほどまでの相手だったということだ」
とまるで自身にも噛んで含めるみたいなゆっくりとした口調に戻った。
「だからよくやったと礼を言っている」
「いや。ただやみくもに始解して斬りこんだだけです。それで見ての通りのこのザマですし斬魄刀も壊れてしまいました」
「もし私なら、被害はさらに広がっていた」
隊長は俺から目を外して多分窓のほうを見ている。
「それをわかっていたからこそヤツは私の執務室にまっすぐ向かっていたようだ」
「どういう…意味です?」
隊長はそれからゆっくりと机に向かう。椅子を引き着席しながら続ける。
「現世には無差別テロ…リ…ズムというものがあるそうだ」
「てろ?」
隊長ですら多分今この報告書から採取したてであろう
聞きなれない言いなれないのがありありの新しい言葉は
俺に届いた時点でもうもはや元の面影もない。
「簡単に言うと病原体や有害瓦斯をわざと広めて広範囲の多くの敵…いや相手を病にしたり死に至らしめたりする」
「それが…あの虚?」
なんて布袋様だ。あの袋の中には福はねぇ。災いが充満していたのか。
「察しが良いと進めやすい。いつもそうならもっと良い」
相変わらずの嫌味だがそれでも今日の隊長は平均的に機嫌がいい。
それが俺の「礼を言う」に価する「成果」のせいだとしたら
もしかしてこのあとすんなり早退を許可してくれるのではという打算が頭の隅をよぎったが
今は神妙に話を理解するほうに思考を持っていく。
「あの赤いのは、そうしたら瓦斯かなにか?」
「その通りだ。虚は体内に瓦斯を充満させて霊圧と姿を隠し侵入する。
そして無駄に手傷をおいながら瓦斯を噴射して進む。お前の食らったのはこの瓦斯だ。
まぁ幸い瓦斯の成分は昏倒くらいのよくある弱いもので副作用もない報告はうけている」
そのわりには長く眠っていたような気がする。
それも気になったがこちらも気になった。
「無駄に手傷?」
「瓦斯は傷口から噴霧されるのだ。そしてヤツはまっすぐ私の居る場所に向かってきた。分かるか?」
千本桜。
無数の刃。
無数の傷。
そこで俺にしては珍しく回り道もなしでわかってしまった。
なぜ名も呼ばぬうちから蛇尾丸は解放していたのか。
やつは強制的に斬魄刀を解放させる。
その能力をもってして誰を相手にすれば「手傷」は最も多くなるか。
この目の前の嫌味な上司しかいないではないか。
「私が相手をしてしまっておれば瀞霊廷のみならず尸魂界、いや現世にまでも影響があったやもしれぬ。
もの凄い濃さの瓦斯がヤツの体内に残っていた。全部撒かれていれば震撼ものだろう。
瓦斯そのものの毒性は弱かったが自滅を前提の攻撃といいただの虚ではない、破面でもない新種の虚だろう。
それに何故ヤツが瀞霊廷中のことに明るいのかも疑問だ。ゆえに異例の共同調査とあいなった」
話の内容とは相反して隊長は至極落ち着いている。いや、これがいつもの隊長だろう。
「でも俺の戦った印象ではそんなスゲーやつとは」
「そんな相手に倒されたのはどこのどいつだ。しかしお前だからこの被害で済んだ」
「はぁ」
「見事に一撃で息の根を止めてくれた。ヤツの傷は結局その致命傷一ヶ所。噴出した瓦斯もお前にしかかかっておらぬ」
「覚えてないす」
「私ではできぬ」
この人はほめかたが下手だ。誉められるとますます申し訳ない気分になる。
「ある意味私を超えたかも知れぬな」
「まさか。隊長なら無様に気を失ったりは…」そこで遮られた。
「ありがとう恋次」
早退の申し出はすんなり許可された。
聞けば俺は一週間眠っていたらしい。
不穏な赤い空のイブから一週間たつ。赤いサンタの偽者は街にそれこそうじゃうじゃ居たが、赤い髪の死神はやはり現れずそして連絡もない。
かといってこちらから連絡する術なんてなくて会うときはいつもいきなり来る。
だから窓の外にアイツが申し訳なさそうにひょっこり顔を覗かせでもしたら
いつでもふくれっ面をみせつけてやろうとカーテンは引かずに鍵も閉めず。
しかしそこから忍びよるのは外の冷気とわずかに隙間風。
鍵は案外防寒も兼ねていたんだと余計な知識がついた。
しかし。
いくらなんでも。
一週間のあの赤い聖夜が安らかならざる感情とともに脳裏によぎる。
なにかあったのか?
見せつけるはずのふくれっ面の仕方すら忘れている自分に気が付いた。
不安のまま過ごす年末はやりきれなくて足は店に向かう。
恋次のいるあっちと俺のいるこっち。
繋ぐ手だてはあの下駄帽子の店主しかいない。
大晦日となると開店営業しているのは大型スーパーくらいで
個人で経営しているあの店が開店している可能性は正直期待してはいなかったが意に反して店の戸は開いていた。
覗くとジン太と雨が上がりかまちを雑巾がけしている。
手前にあるバケツからは湯気がたっていたが赤くなっている二人の指先をみているとこちらまで手がピリピリしそうだ。
開け放しの店内の空気は外気と同じで寒さが凍みる。
「なんだよ?店は休み。俺たちゃ掃除してんだ忙しいんだぜ」
相変わらず尊大な態度のジン太の横で雨は恥ずかしそうに頭を下げてから
「喜助さんはお留守です」と消え入りそうな声。こちらは卑屈にも見える。
「いつ帰る?」
「知らね〜よ。一週間くらい前に空が赤くなってよ。それからいきなり夜一さんがきて一緒に出てったぜ」
「…それから戻ってこないです」
「尸魂界にでも用じゃねぇか。あっちは尸魂界の方角だし」
「…でもテッサイさんは居るから」
「だからサボれもしねぇ。サッカーの試合テレビでやってんのによ」
ひとつ質問を落とせばあとは問わず語りに二人でお互いの話を補いながら喋るのでほかに声を発する必要はない。
俺はたった一言を発しただけで結構な情報を手にいれてしまった。
「悪り。また来る。掃除頑張りな」
どっちにしろ店主がいないと始まらない。居ても始まらないかも知れないが。
店の外に出ようと踵を返す。
そうしたらいきなり人影に出くわした。
近。
近すぎてはじめ誰かすらわからなかったが後ろから雨の「おかえりなさい」という声がする。
人影は「何かお探しものでも?」と相変わらずのとぼけた声。
そっと雨の差し出すお茶の湯飲みに冷えた手を癒してもらう。
しかし言っちゃ悪いがここのお茶はいつも不味い。
多分もう少し熱い湯で煎れればまだそれなりになると思うんだかこれではちょっぴり色のついた微温い湯で、
もしかするとそんな訳はないだろうが出がらしなのかも知れないとかも思う。
十分温まった手の指で次に鼻の頭を擦る。今度は鼻の頭が冷たかった。
さてどう話をきりだそう。
ジン太の話では目の前の店主は俺の目当ての場所に行ってきたらしいが
当の目の前の本人から聞いていないので結局「噂」にすぎず
そこにいきなりあっちの様子をきりこむのはやはり間違っているような気がした。
「黒崎サン、見ました?先週の赤い空」
そうして迷っている間に主に話題の路線を決められてしまった。
しかしこの振りは渡りに舟だ。
多分主もそれを見越しているのだろう。俺が「何をお探しか」なんてきっととうに知られている。
コクリと首を縦にふる。
「アタシも気になってねぇ。ありゃスモッグとか街灯が曇り空に反射したもんとかじゃないスね。
もっと霊的なもの―多分霊力のある人間にしかあの空の色は見えてないはず。
そうしたらお呼びがかかりましてね。なんでも現役隊長二人がかりでもよくわからないことが起きたって話じゃないスか」
隊長という言葉に機敏に耳が反応する。この言葉がまかりとおる世界。つまり「あっち」。
「浦原さん、行ったんですよね」
「もちろん。お呼びとあらばどこへでも参上つかまつりまス」
「で?あっちは…」
「短刀直入にいいますと新種の虚の襲撃がありました。
なに、六番隊の副隊長サンが頑張ってくれたようでほかに死傷者無しでしたが」
え?六番隊副隊長…?
ほかに死傷者無し?
ほかに?
じゃ「当人」は?
不穏な気配は実体となる。いやなほうに。
「心配でならないって顔に書いてますよ黒崎サン。阿散井サンは命に別状はありませんが」
店主はいったんここで言葉を区切る。
俺の顔色を伺いながら
「こっちを長く空けられないんでアタシは彼が目覚める前に戻ってきました」
「目覚め…?」
「ずっと眠ってるんですよ。その虚の出すガスにやられて」
「眠ってるだけ…なんですか」
眠っている恋次の姿が頭の隅に像を結ぶ。それはいつもの豪快な眠りっぷりではなくまるで。
「はぁ。アタシの見る限りガスは眠らせる以外の作用のある成分はなかったですし
卯ノ花隊長の所見でも阿散井サンはただ眠っているだけと。外傷もなかったですし」
しかし、
眠ったまま起きなければそれはただ単に「死んでないだけ」で―。
「ちゃんと生きてます。死んでないだけとは違いますよ」
俺の心のうちを見透かしたのごとくに主はきっぱりと言い切った。
「黒崎サン、生きてるか死んでるかを決めるのはまわりじゃないんスよ。本人です。
ましてや阿散井サンは自分で息もしているし身体も自らの体温で温かい」
では…身体が冷え朽ちたとしても本人に生きている意思があるならそれは?
不吉な逆説だ。
今そんなものに心を許してはならないはずなのに考えてしまう。
「しかし哀しいことにまわりが本人の意思とは別のところで本人の生き死にを決めなきゃならないときがあるのは確かです」
「なんの話してるんですか?やめてください。恋次は眠っているだけなんでしょ?」
やめてくれと言いながら俺はその考えの捕虜となる。
死にながらに生きてる、あるいは生きながらに死んでると言われる状態。
それは魂としてはどの状態にあるのだろう?それを知る術は今の医学にはない。
「そうです。眠っているだけです。しかしこのまま起きなければ」
「いい加減にしてください!たとえそうなっても俺がアイツを生きてると言えばアイツは生きてる」
思わず声をはりあげてしまった。
主はニヤリと笑う。
「そう、それでいいんスよ黒崎サン。アナタが信じて想っていれば阿散井サンは死なない。
黒崎サンが彼の生を信じなくて誰が信じてあげられるんスか」
言い切る主はそれまで閉じていた扇子をようやくという風に開く。
そして描かれてもいない柄を確認するように表裏を交互にひらめかせてまた閉じる。
パチリとはぜたような音が火の気のない部屋の空気を一瞬震わせそれを境に俺の中で何かが固まった。
捕虜は解放される。
「生きてるか死んでるかなんて身体の状態で云々言うことではないんです。
魂がそこにあるか否かでしょ?本人にもまわりにも。ただ、それだけのことっス」
信じましょうと締めくくった主だがまだなにか言い足りないような口元をしている。
今度は俺が察する番だろう。
そこまで気をまわせるほどに俺は立ち直っていた。
さっきまでの混乱がうそのようだ。
「で、だから阿散井サンは大丈夫ですから」
ここで主は念押しのように唱えて言葉を切る。
次の話に進んでいいかと伺っているような気がしたから少し顎を引くと一瞬破顔したように見えた。
それが妙に頼もしく感じられる。
最初からこんな顔しててくれたらいいのにと思ったが
多分最初からこんな顔されていたら俺は激昂して話を最後まで聞かなかったかも知れない。
「その新種の虚なんですが…」
切り出したにも関わらずまだ主は歯切れ悪く遠慮がちだ。
「やべぇやつなのか?」と助け舟を出すとようやくいつもの饒舌を取り戻した。
そこで俺は恋次を眠らせた相手の情報を知る。
恋次を眠らせ俺を絶望ギリギリまで追い詰めたヤツなのに憎く思えないのは話に聞いてるだけだからなのかそれとも…
「わかってしまえばたいしたことないヤツなんスがね。こんなヤツ今まで尸魂界には出たことがない。
だからアタシまで担ぎ出されただけの話で現世に住んでいればそうありえないヤツじゃないス」
ま、現世だからといってそうそうこういうのはあってもらっちゃ困るんですがと主は部屋の隅にある新聞の山に目をやった。
留守の間に配達されていたものを主のためにとってあったのかも知れない。
それくらいの量な気がした。
きちんと折り畳まれて重ねてある一番上の記事の文字が遠目にも見え爆という文字と195人死亡と言う白抜き文字が嫌な気分にさせた。
さっきの主の言葉がよぎる。
―しかし哀しいことにまわりが本人の意思とは別のところで本人の生き死にを決めなきゃならないときがあるのは確かです―
あの言葉をここでそのままその意味のままに使うのはまた違うとは思うけど
この195つの魂もまた本人の意思とは別のところで生き死にを決められてしまっている。
やりきれない。
「黒崎サン。虚ってなんで生まれるんでしょう?」
空気を読むのに天才的に達けているこの人はまた俺の先回り。
不精なのかスタイルなのかまばらに髭の生えた顎を擦りながら
「いや、虚がいない世界ってどうやったら出来るんでしょう」
と言い直した。
今まで乾いていた冷たい空気が湿度を変えてひたりと頬に首筋に張り付く気がした。
もはや正解じゃないのはわかっていた。
だけどあえて言ってみる。
「…死神が…頑張る?」
やはり首を振られた。
主はおもむろに頭に手をやり帽子を外した。
長い前髪の間から瞳が覗く。
ああ、この人はこんな優しくて哀しい目をしていたのか。
柔らかい色の瞳が柔らかい声を奏でる。
「現世で生きてる皆がひとりのこらず幸せに生涯を全うすれば、
虚なんて一体も出やしないとアタシは思ってます」
理想論に過ぎませんがと優しい目はまた被りなおした帽子の作る影の中に。
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店を出ると雪が降りはじめていた。とっぷり暮れた町並みは静かで舞いおちる雪しか動いているものがないような気がする。
店の中で貰った暖かさを逃がさないようにポケットに手を入れて歩いた。
本当は主をふんじばってでも穿界門を開けて貰って「あっち」に乗り込まん勢いで店に向かったはずなのに、
丸め込まれた―というか「ここ」に居なきゃいけない気がした。
―あの日恋次を眠らせた虚はひとつ間違えれば尸魂界はおろか現世にも影響を及ぼしたかも知れない危険極まりないヤツだったと言う。
つまりは、あの日この街は恋次に救われたと言ってもいい。
一週間前のらんちき騒ぎを思い出す。
俺自身は凹んでいたけど街はそれこそ偽者サンタがうじゃうじゃ徘徊し必要以上に明るいイルミネーション。
ジングルベルに喧騒。
酔っ払い。
香水の匂い食べ残しの匂い。
あの中に居た誰がその時自分は誰かに守られていると自覚していただろうか?
俺をふくめて誰ひとりとしてそんなことは考えもしなかっただろう。
今ここが静かなのはだれのおかげだ?
それを思うとやっぱりアイツに守られた俺はアイツが守ったここにいて
地味に世界を守った派手な髪色の救世主がやがて目覚めて申し訳なさそうにひょっこりやってくるのを信じて待とう。
そうしてここを一緒に歩いてここを守ってくれてありがとうって
上手く言える自信はないけど伝えたいと思った。
雪はさらに降り続く。
この雪はまさか尸魂界にも降っているわけじゃないだろうけど
恋次の眠っている部屋の窓からも見えればいいな。
そう考えながら歩く。
こういうのも悪くない。
その上雪景色なこの街の光景も満更ではなくずいぶん長く歩いているような気がした。
時計を見ようかと思ったけどポケットから手をだすのがもったいない。
やがて見覚えのある雪の景色に出会う。
あれはバレンタインだったか。
椿の赤い花が他人とは思えなくて傘を差しかけてしまった公園だ。
暗い中では赤い花はわからなかったけどここで恋次と雪玉を投げあったのを思い出した。
あの時みたいに急に後ろから雪玉が飛んで来やしないかと後ろを振り返ったが
当然誰も居ないし雪だって積もるまでには降っていない。
苦笑してブランコに近付く。
座面が濡れてないのを目を凝らして確認してからポケットに手を突っ込んだまま座る。
キイキイと音がしたあとごおんと空気が揺れたのでびくりとした。
それが除夜の鐘だと気が付いてさらに驚いた。
なら今は真夜中と言っていい時間だ。
そんな長い間俺は歩き回っていたのか。
自覚すると身体がすっかり冷えきっているのにも気がついた。
帰ろう。
そして今夜もカーテンと窓の鍵は開けて。
もうふくれっ面で迎えてやろうなんて思っちゃいない。
「ありがとう」
上手く言えるかわからないけど
「ありがとう」
いきなり何言ってんだとか言われるに決まってるだろうけど。
ごおんとまたひとつ。
今何時だろう?
気になったけどやっぱり手はポケットから出したくない。
そして立ち上がる。
歩き出す。
またごおんとひとつ。
108回鳴らすのだという。
人の煩悩の数だけ。
それが全部なくなれば―
虚はもう生まれないのか?
またひとつごおんと空気を震わす魂に響く音に俺も願う。
誰ひとり妬んだり哀れんだりしなくていい世界を。
厳粛な響きと降る雪以外は時間が止まっているような街を抜けて
自宅が見えるところまできて俺はやっとポケットから手を抜いて時計を見た。
あとちょっとで日付が変わる時間だった。
なんだか少し得をした気になった。
そうして自宅前まで来たとき
ふいに背後から肩を叩かれた。
もしやと思ったがやはりまさかと思い直す。
まだ眠っているはず。
でもこんな時間に肩をたたく他の誰かなんか思いつかなくて
そうしたら俺の鼓動が一分間に108打ちそうな勢いに跳ねあがった。
「悪ィな。クリス祭来れなくて」
張りのあるよく通る声。
違うよクリスマスだ。
なにがクリス祭なんだか。
浦原さんから聞いてるよ大変だったな―
違う違う。
もう大丈夫なのか?早いお目覚めだな―
これも違う。
言うんだろ?決めていた言葉。
振り返る。
雪の白さと赤い髪、
赤い瞳。
信じてたよ。
「なんだよ?幽霊にでもあったみてーな顔して」
「あ…」
だめだ。照れ臭くて言えそうにない。
あの口の形で固まってしまったからハトが豆鉄砲とか言われても仕方ない。
「怒ってんのか」と申し訳なさげな目をする。
怒ってなんかいない。
全然怒ってなんかなくて
「あ」
「あ?」
もう、頭ン中いろいろぐちゃぐちゃだよ。
ごおんとまた煩悩の鐘。
「…けまして…おめでとう」
お前のおかげで新しい年を迎えることが出来たんだよ。
それで
生きててくれて
来てくれて
笑ってくれて
「ありがとう」
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