濡れたような漆黒の羽に、艶やかなオレンジの差し色が映える。 地上に降り立った奴が、ファインダーに収めてきた、命懸けで舞う一羽の蝶。 俺の瞼に焼き付いたその姿は、失ったはずの身体の一部…心を疼かせた。 禁を破って、白き衣を纏いて地上に舞い降りたつ。 この思いが伝わったのか…惹きつけられた様に、出逢いはあっけなく訪れた。 何の媒介もなく、自分の眼で味わえる幸せ。 ありのままのアイツを、俺だけのものにしたい。 その輝かしい生命もそのままに、俺の中に飾りたい。 欲望はキリがなく溢れ出てくる。 しかしアイツは自由を求めて俺から逃げ、 美しいまでの瞳で俺を射抜き、刃で想いを引き裂いた。 胸に残ったアイツの反抗の証しは、 痛みを感じるよりも、 捕らえきれなかった俺の後悔として、ジクジクと残った。 天へと戻った俺には、当たり前の様に罰が待っていた。 アイツを両腕で、抱きすくめる事ができないようにと…。 それでも残されたこの右手には、アイツに触れた余韻が残っている。 逢えない日々は傷をなぞって心を高ぶらせ、見えない黒き蝶を求めて指がさまよう。 名も知らぬアイツを…。 一カ月後。 やっと訪れた再会の許し。 それは自らに与えられた、最後のチャンス。 久しぶりの一方的な逢瀬に、高揚する気持ちを押し殺して近づけば、 アイツは羽を震わせて、黒き姿を変えていった。 だけどそれは、俺の心を揺さぶった気高いアイツじゃなかった。 誰なんだ、こいつは? 毒牙を突き立てるように、ニヤリと俺へ立ち向かってきやがった。 自由を求めるアイツの拒絶の力なのか。 前よりも重みのあるアイツの刃が、俺の身体を貫く。 もうこれ以上届かねぇ…そう思った時、アイツの身体から欠片がパラパラと剥がれ始めた。 俺の求めていたアイツの姿が、あっけない程の有様で、目の前を落下していく。 不思議なもんで、決意って奴は一瞬で決まっちまうもんだ。 地上へと逆さまに落ちていく姿に手を伸ばし、見えない腕でアイツを抱きしめた。 握った指は絡め返してはくれなかったが、アイツの首筋に俺の記しだけは残せたはず。 このまま俺も一緒に堕ちていこう。 一瞬だけでも、俺だけの胸に羽を休めてくれた黒き蝶と共に…。 片翼の堕天使が、命すらも捧げようとしている事に気づかず、蝶はまた飛び立とうとしていた。 |